特集 | 2016.11月号

アステン特集

美術館のエピソード0(ゼロ)

私たちが今ゴッホやピカソを知っているのは、その美を最初に見いだした人がいたから。展覧会で出合うアートの裏側にはいつも、これ見て! と指し示してくれる誰かがいる。そんな誰かの目線を探しに、美術館に行ってみた。

山田さんと「写真」

 写真はいちばん身近な表現手段の一つ。でも、スマホで撮れた傑作写真と、美術館に掛かる写真アート、その境目が正直よく分からない。そんな初心者目線で出掛けたのが、IZU PHOTO MUSEUMで開かれていた映像作家フィオナ・タンさんの「アセント」展。全国から集めた4,000枚もの富士山写真の中から、彼女が選んだ写真をつなぎ合わせて物語化した映像作品を放映していた。普通の人々が撮った富士山スナップが次々と移り変わるのを見ているうちに、昔から無数の視線を浴びてきた富士山が立体的に感じられてくる。見えているのが単なる記録写真でも、感じるものは不思議とアートだ。
 この企画展を手掛けた学芸員の山田裕理さんは、4,000枚の写真をかき集めるため奔走し、展示の配置から資材の材質まで作家と二人三脚で考え、つくり上げた。「タンさんは、富士山そのものよりも、人が富士山をどう捉えているかを見つめているんです」。作家の目線を間近で感じられるのは学芸員の特権だ。
 山田さんが写真に興味を持ったきっかけは、図書館で見たバレエの舞台芸術写真だった。「そこに写っているのは、真実ではなく演出された断片。なのに絵画にはない真実味を印象付けられる。そこにひかれました」
 写真は、真実ではない? 「例えば、幸せな光景を多く撮ったドアノーという写真家は、ルポルタージュ写真を撮っていても、目の前で悲しい事故が起こった時は撮らないことが多い。彼の場合、撮るものを選別することで幸せが演出される。人々が笑っている写真は、人々に『こんな光景があるんだ』『人生は面白い』と思わせることができます。見る人の現実に還元できるのが、絵画にはない写真の良さだと思います」。昨今ありがちな幸せ自慢のSNS画像との最大の違いは、作家自身の「見る人に幸福感を届けたい」という強い思いなのかも。

村上さんと「ニッポン」

 ロダンや若冲のイメージが色濃い、静岡県立美術館という"芸術の殿堂"で、何年か前、「ロボットと美術」展や「美少女の美術史」展が相次いで開かれたのを覚えていないだろうか。題材のロボットは、アニメに出てくるような人型ロボット。美人画でなくて、美少女だ。
 いわばオタク文化ど真ん中の題材を美術館に持ち込んだ張本人は、日本の近代美術に造詣の深い上席学芸員の村上敬さん。静岡の特産品でもあるプラモデルの箱絵を集めた「ボックスアート展」を発端に、共通の興味関心を持つ他県の学芸員と協働して、次はロボット、次は美少女と、テーマを発展させていったそう。
 「アニメや美少女というと、見ないでレッテル貼りする人が多い。『低俗』『下品』ととられたり、逆に最近は『クールジャパン』と言われたりしますが、どっちにしろレッテル貼りなんですね。そういう固定観念にとらわれず、美術作品と一緒に捉えることで、日本文化に通底する特質が見えるといいな、と」と村上さん。
 村上さんのような美術の専門家たちの手で、オタク的作品や等身大のロボットが浮世絵などの美術品と一緒にフラットに並べられると、ちょっと閉鎖的に見えるオタク文化も大きな外の世界につながっているのが感じられる。美少女を見に来たアニメファンは、大正時代の美人画を眺めて自分が立つ世界のルーツに思いをはせるし、アニメから縁遠くなった大人たちは、型にはまった頭を揺さぶられる。世界の見え方が変わる、この感覚こそ美術館の楽しみ。
  「アニメ好きなフランスにも秋葉原みたいな街はないですよね。ここには東アジア特有のキャラクター文化が連綿とあるんだと思います」。村上さんの次の仕事は、11月15日から始まる企画展「再発見! ニッポンの立体-生人形からフィギュアまで」で見られる。

吉田さんと「見ぬ世の友」

 「『慶喜』展の準備をしていてこれを見つけた時は感動して、その足で日本橋を見に行っちゃいました」。静岡市美術館の吉田恵理さんをそれほどときめかせたのは、徳川慶喜直筆の「日本橋」の書。今も東京の日本橋に掲げられている銘板の原本が、こうして日の目を見たという。慶喜の書画や写真を一堂に集めた「没後100年 徳川慶喜」展(2013年)は、特に慶喜の油絵の美術史的考察が評価されて、ジャポニスム学会展覧会賞を受賞した。
 「政権返上後の慶喜は、表舞台に出られない、死ぬことも許されない。そうなった時、人はどう生きるのか。慶喜は文人の営みに没頭したわけですが、その写真や書や油絵は趣味の域を超えています。特に書は素晴らしいですよ、本当に」。慶喜の歩みをひもとくだけでなく、その書画を当時の美術作品の一つとして味わえる展示は、美術の専門家である吉田さんのなせる業だ。
 「一人の人物を題材に取り上げる時は、その人となりが分かる展示を目指します。例えば、その人がプライベートに書いた手紙で人柄を感じてから美術作品を観ると、得るものも違いますよね。美術って人の営みだし、それを受け止めて次世代に引き継ぐのも人。だから、愛情が込められた展覧会には必ず人間くささが現れると私は思っています」
 静岡市美術館に赴任してくるまで静岡には縁がなく、「静岡って徳川なんだ、という認識から始めました(笑)」という吉田さんだが、今では慶喜を尊敬している。「人文系の学問の面白さはこういう"見ぬ世の友"を得ることですね」。今は2018年に開催予定の「駿河の白隠さん」展に向け、沼津出身の白隠禅師を追い続けている。
 「図録を眺めるだけでは、本物に囲まれる幸せな体験はできません。美術館に出掛けて良かったと思える展覧会をいつも心掛けています」。吉田さんたち学芸員の「愛情」に引き込まれるギャラリートークも、ぜひ味わいたい。

学芸員さんが好きなMUSEUM(ミュージアム)

吉田さん
「根津美術館や五島美術館。県内では佐野美術館。展覧会というストーリーの中に作品を置くことで、その作品の魅力や本質が分かる、作品が新たな輝きを見せてくれる、そんな展覧会にひかれます」。根津美術館(写真)は開館75周年記念特別展「円山応挙-『写生』を超えて」を12月18日まで開催。

©藤塚光政

村上さん
「混雑する話題の展覧会より、東京国立博物館の常設展(総合文化展)を見に行きます。海外ではルーブル美術館」。近代日本を研究する村上さんが最も好きな作品は、意外にも(?)ボッティチェリの神聖なフレスコ画「若い婦人に贈り物を捧げるヴィーナスと三美神」だとか。ちなみに東京国立博物館平成館(写真は本館)は白隠禅師250年遠諱(おんき)を記念した特別展「禅--心をかたちに--」を11月27日まで開催。

山田さん
「鳥取にある植田正治写真美術館。植田さんが撮る写真も大好きですし、近くの大山の眺めも含めて空間としても面白いです」

取材・撮影協力 / 静岡県立美術館 静岡市美術館
IZU PHOTO MUSEUM  根津美術館 東京国立博物館
植田正治写真美術館