特集 | 2018.7月号

アステン特集

この夏、わたしは「涼感ハンター」。

暑い。あー暑い。日傘にサングラスにアームカバー。太陽の下では夏の防護服に身を包み、冷えた建物で涼をとる。でも思う。どんな高性能エアコンも、大自然の涼しさにはかなわない、と。今この時間も山のどこかで、川のどこかで、涼しい風がそよいでいる。森の冷気、滝のしぶき、川のせせらぎ――。街中で山の景色に思いをはせたら、冒険心がむくむく湧いてきた。この夏、わたしは「涼感ハンター」になる。

山の達人直伝。秘境の天然クーラー

 夏のにぎやかなビーチもいいけれど、涼感を求めるとなると、やっぱり山や川ではないだろうか。静岡県は、県土の64%が森林で覆われている。すぐ近くに天然クーラーがありながら、それを享受しないなんてもったいない。でもどこへ行ったらいいのだろう。ここは山の達人のお知恵を拝借して、冒険に出掛けるとしよう。
 静岡市山岳連盟、常任理事の辻秀信さんは、ヒマラヤの未踏峰登頂に成功し、30年間山の遭難救助にも携わる山の達人だ。そんな山を知り尽くした辻さんに県内の涼感スポットを尋ねると、三つの秘境を教えてくれた。小笠山の六枚屏風(ろくまいびょうぶ)と富士宮の陣馬の滝、そして春野町の清流・気田川でのカヤック。どこも"マイナスイオンが充満した秘境"なのだとか。山や川は必ず慣れた人にガイドを頼むように告げられ、涼感ハンターは現地へ向かった。

山登りはわたしのマインドフルネス

 まずは辻さん夫婦に小笠山のガイドをお願いし、「富士山に90回登ったことがある」という究極の山ガール、前田巳幸さんにも同行してもらった。小笠山の入り口で待ち合わせると、巳幸さんの背中にはごきげんそうな1歳の一智(いち)君がいた。子どもの体重と山の装備で荷物の総重量は約20㎏になるが、山へ行く時はいつもこのスタイルだという。ママの背中で木漏れ日を浴びながら鳥のさえずりに耳を澄ませ、木や葉に手を伸ばす。「街中の公園で遊んでいるより、こうしている方がごきげんなんです。私も山にいると日頃の悩みも子育ての疲れも吹き飛んじゃいますね」と巳幸さんは明るく笑う。ご主人も山好きで、休みの日はご主人がおんぶ係になって3人で山を歩く。「月に2回は山へ行かないとストレスがたまってきちゃって。私のマインドフルネスです」

岩場に充満する神秘の涼

 小笠山は、JR掛川駅と愛野駅の南側に広がっている。標高わずか265mの低山だが、侮ることなかれ。崖にかかる山道がたくさんあり、スリル満点の冒険コースだ。小笠山に入ってしばらく行くと、細い山道が続く。秘境・六枚屏風の看板は、奥に行くまでなかなか登場せず、初心者には必ずガイドが必要な場所にあった。
 狭く切り立った尾根をずんずん進み、急斜面を降りると、目の前にダイナミックな岩の谷間、六枚屏風が現れた。高さ十数mもあろうかという絶景に息をのむ。大人一人がやっと通れるほどの岩間は湧き水のしずくで覆われ、神秘的で荘厳な冷たい空気に包まれていた。吐く息が白くなるほどの冷気だ。見上げれば木立の隙間から太陽が降り注ぐ。
 地図「小笠山」(掛川遊歩会)によると、長い年月をかけて沢が山を削った谷間は50m続いているといい、「そそり立つ両岸がまるで折れ連なる屏風のよう」とある。山の中に突然現れる自然の芸術は、秘境という言葉がぴったり当てはまる。涼感ハンティング、一つ目のミッションクリアだ。
 六枚屏風を引き返し、小一時間かけて見晴らし台まで戻って来ると、巳幸さんが温かいコーヒーを振る舞ってくれた。「このひと時に、たまらなく癒やされるんですよね」と、すがすがしい風に髪をなびかせた。

滝のミストシャワーを浴びる

 あくる日、涼感ハンターは二つ目の涼感スポット、陣馬の滝へ向かった。静岡市内から車を走らせること1時間半。富士宮市の朝霧方面へ北上し、木々の緑が一層濃い場所に陣馬の滝はある。ここで待ち合わせたのはすぐそばに住む永田由実子さん。地元のとれたて野菜やスイカを滝で冷やして食べるのが一家の楽しみ。夏の気分転換にはうってつけだという。「娘が勉強に行き詰まった時、ここにテーブルを持って来て勉強したこともあったんですよ」。陣馬の滝は、地元の人たちのオアシス。時折、読書する老夫婦の姿もあるという。
 緑に囲まれた遊歩道を進むと、ザーと響く滝の音が近付く。そこで一気に外気温が下がるのを感じた。陣馬の滝は、観光名所の名瀑ほどの派手さはないが、一日平均約4万8000Lの富士山の湧水がそこかしこに滝となって流れ出ている。滝の前に柵などはなく、落下する水圧を手で感じることができる。跳ね返る水しぶきが、ミストシャワーのように降り注ぐ。目をつぶって深呼吸する。滝つぼに足を浸してみる。手ですくって顔を洗う。肩の力がふっと抜け、汗はさっと引き、心がぱっと晴れる。涼感ハンティング、二つ目のミッションクリアだ。

風を切り、清流をすべる

 山と海に囲まれた静岡県は、天竜川、大井川、富士川などいくつもの川が海へ注いでいる。そう遠くない場所に清流がある。県内はカヤックポイントにも恵まれており、都会の人がうらやむぜいたくな環境らしい。
 浜松市天竜区春野町。山あいの里に、天竜川水系の清流・気田川が流れる。「クリークサウンド」(磐田市平松)代表の寺田正則さんは、ここでカヤックやラフティングなどのツーリングを手掛けている。「ここは初心者でも安心な穏やかな川です。最近は女性同士のお客さんも増えてきましたね。60代マダムのグループもお友だちと楽しそうにはしゃいで帰られますよ」。寺田さんの言葉を信じ、運動能力に自信のない涼感ハンターは、カヤックに挑戦した。
 初めに川岸でパドルのレクチャーをしっかり受けてから初乗船。右、左、右、左―。思っていたほど難しくなく、パドルから穏やかな水流を受け取って漕ぎ進む。時には手を止め、ぷかぷか流れに任せて山あいの風と鳥の声を楽しむ。まるでどんぶらこ、どんぶらこと大きな桃がたゆたうように。インストラクターに勧められ、ライフジャケットを着たまま川へダイブしてずぶ濡れになってみた。涼感ハンター三つ目のミッション成功。
 さらに渓谷を進むと、水を飲みに山を下りてきたカモシカやぴょんぴょん滝を上る魚の姿も見られるらしい。「自然はおもしろいです。日本はアウトドア天国じゃないかって思うんです。大人もどんどん外へ飛び出して、自然の中で思いっきり遊んでほしいですね」

山や川の中で涼を感じるとき、同時に自然の荘厳さも感じる。自分の小ささや大自然の偉大さを五感で感じ、"今ここにいる自分"としなやかに向き合う。きっと、何かが見つかる。さあ、日傘を閉じて冒険に出掛けよう。

取材・撮影協力 / クリークサウンド

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