特集 | 2017.6月号

アステン特集

明日の家計簿

続かない理由を、つい性格のせいにしてしまいたくなる「家計簿」。自由に暮らしたいの、と “どんぶり派”は考える。いえいえ家計簿は賢くしなやかに生きるためのもの。一冊から始まる、明日の暮らし。

続けると面白くてクセになる

 三日坊主の代名詞となってしまいそうな家計簿。「最高記録は3カ月」「何冊も無駄にした」と連敗を喫したチャレンジャーたちは嘆く。一方、とっくにあきらめたどんぶり勘定派も多い。特に共働き世帯は、スーパーでの支払いは妻が、外食は夫がなどとますます大きなどんぶりで家計をやり繰りしているケースも少なくないのでは。「家計簿を付ける時間もないし、なんとかなるし」と"どんぶりさん"たちは主張する。でも、何年も続けているコツコツ派は「面白くてクセになる」「財布も気持ちもスッキリする」と意外な魅力を語る。家計簿には予想外の引力があるらしい。

写真より色鮮やかな家族の記録

 結婚以来、30年以上家計簿を続けている幸子さん。3人の子どもを育てながらも毎日欠かさず書いてきた。長く続くコツを尋ねると「ルーティンとして決めているからかしら」と話す。
 幸子さんの日課はこうだ。帰宅後、まず財布をかばんから出して定位置にしまう。そして部屋着に着替えて顔を洗う。化粧水をペタペタ付けながらリビングにある引き出しから「家計簿セット」一式を取り出す。セットとはお財布に電卓、家計簿とお気に入りのペン。書き始めるのは決まって夕飯の支度前だ。「夜だと眠くなっちゃうでしょ。だから自分に合った場所と時間を決めてるんです。その日のことをノートに書くと、心も財布もすっきりします」
 少し色あせた30年前の家計簿を見せてもらった。"お肉、牛乳、バス代..."。数字を見ているだけで、当時の行動がよみがえってくる。そこには30年前の幸子さんがいる。備考欄には新婚時代の初々しさや母になったばかりの喜びや戸惑いがつづられていた。時にはイラストを添えて。「私こんなこと書いていたんだー!」とパラパラとページをめくる幸子さんから笑みがこぼれる。
 20代で付け始めた家計簿は人生の相棒。旅先にも連れて行った。「誰かのために書いていたわけではないけど、最近は息子たちもうれしそうに読んでくれます」。幸子さん一家にとって家計簿は、写真より色鮮やかな家族の記録なのだ。家計簿アプリもいいけれど、手書きならではの良さがここにある。

しなやかに暮らすための家計予算

 講習会を開いて家計簿の良さを伝えている「静岡友の会」の田中啓予さん。田中さんもまた、家計簿の魅力を知り尽くしている一人だ。
 家計簿はただ記録するだけではもったいない。どう生かすか、がミソだ。友の会が勧めるのは予算方式の家計簿。田中さんは年の始めに"予算案"を作成する。予算会議には夫も同席。家電の買い替えや旅行、進学などの大型支出を勘案してその年の収入と支出の予算を立てる。例えば学費や税金といった大きな額がひと月にまとめて引き落とされても、年間トータルで予算を立てているので安心。月ごとの結果に一喜一憂しないで、安心して暮らすことができる。
 「毎日の出費は小さくても、月や年単位で考えると結構な額になるので、企業と同じように予算を立てるんです。そうすると一年の楽しみも増えるし安心感がありますよ」
 総務省統計局の家計調査報告(家計収支編)によると、2016年の2人以上世帯の消費支出は,1世帯当たり1カ月平均28万2,188円。これだけの金額をどんぶり勘定で扱うなんて、考えてみれば大胆過ぎるのかもしれない。
 予算方式は節約だけでなく、暮らし方や社会との関わり方を変えるきっかけにもなる。例えば家計簿を見てドレッシングを買い過ぎだなと思ったら、調味料で手作りしようと思える。自動販売機を使い過ぎだなと思ったら、水筒を持って出掛けようと気付く。「忙しいとつい楽な方を選んでしまいがちなんですが、結局手作りの方がおいしいし、体にいいんですよね」と仲間の疋野節子さんが差し出してくれたのは庭でとれたレモンで作ったレモンケーキ。「家計簿って暮らしを豊かにするヒントが隠れているんです」
 予算方式の魅力をもう一つ。田中さんたちが愛用する家計簿の表には「公共費」の欄がある。これは寄付や募金など社会に貢献する費用のこと。「『小銭が余っているから募金する』のではなく、家計に支障のない程度の額で毎月寄付しています」と田中さん。自分だけが豊かになればいいのではない。忘れかけていた社会の一員としての自覚を、一冊の家計簿が呼び覚ましてくれる。

"どんぶりさん"でも始められるざっくり術

 部屋の整理整頓と一緒で、お金が整理されていると心のモヤモヤが晴れる。だけど「細かいのはどうも苦手」という人は案外多い。そんな"どんぶりさん"に救いの手を差し伸べてくれるのが家計の専門家、ファイナンシャルプランナーだ。
 浜松市を中心に活躍する上級ファイナンシャルプランナーの小栗裕子さんに、どんぶりさんでもできる家計簿について聞いてみた。「家計の支出だけざっくりと書き出せばいいですよ。1円単位でつけると苦しくなっちゃう人も多いですからね。まずは幽霊のお金(使途不明金)をなくすことから始めてください」とアドバイスする。
 最初の一歩は「レシートは結構です」と言う習慣をなくすことから。次の一歩はその日のうちにレシートを財布からレシートボックスに引越しさせること。三歩目は支出をざっくりメモすること。例えば手帳の片隅に「〇〇薬局990円、△△スーパー3240円」などレシートの合計金額だけを大ざっぱにメモをするだけでいい。メモしたレシートは廃棄する。忙しい人は1週間分まとめてやればいいという。「土曜の夜や日曜の昼に10分もあればできちゃいます」。それを2~3カ月やってみると家計の傾向が"見える化"するという。
 小栗さんが最も大事にするのはその後。将来のお金の流れを整理した「ライフプラン」の作成だ。「家計簿だけでは『今』しか見えないんです。子どもの入学や卒業、各種税金や保険、住宅ローンや定年退職など将来のすべてをひっくるめた『ライフプラン』を作ることが大切です」。自分で作ることもできるが、専門家に相談するのも一つの手段だ。「ライフプランは転ばぬ先のつえ。お金が整うと気持ちも整います。将来の見通しが立つと、不思議と表情まで明るくなるんです。そこから『どう生きたいか』という目標も見えてきますよ」
 家計簿は暮らしの自由を縛るためのものではない。変化する人生をしなやかに生きるための水先案内人のような存在なのだ。