特集 | 2018.11月号

アステン特集

棚を作って私を置いた。

自分が本当に欲しいもの、必要なものは、自分が一番よく知っている。だから自分の手で作る。それはとてもシンプルで潔い選択。材料を探して、切って、貼って、塗って、つなげて。DIYにかける時間は、自分自身と暮らしへの愛とリスペクトだ。

おいしい料理とミステリーと犬と猫。日々を彩る「定休日のカフェ」工房。

 「今度はカウンターを作ろう、塗装はこんな感じで...と、新しいアイデアが自然と湧いてくるんですよ」
 静岡市清水区郊外の静かな住宅地にある隠れ家的なカフェ、アガサのオーナー、野田早苗さんは、定休日を使って、店のウッドテラスでDIYを楽しむ。電動ヤスリやインパクトドライバーなどの工具は、思い立った時にいつでも使えるよう店に常備。棚から板張りの床まで、アガサの内装のほとんどは、早苗さんが自分で手掛けたもの。店だけでなく、猫3匹、犬1匹と暮らす自宅の、キッチンとリビングを隔てる仕切り棚も早苗さん作だ。
 DIYを始めたのは、60歳で店をオープンしてから。木工や塗装の技術は、以前、内装工事を依頼した時に、職人さんの仕事を観察して覚えた。
 「思い描いたイメージを、自分の手で形にしていくのが楽しいんです。それに自分で作れば、費用は材料だけ。これもDIYの魅力ですね」
 早苗さんの手から生まれた、世界に一つだけの居心地のいい空間は、開店から12年を迎えた今も、スペインの建築家、ガウディのサグラダ・ファミリアのようにまだまだ進化中だ。
 扉を開けてすぐの棚の上でお客さんを出迎えるのは、大好きな作家、アガサ・クリスティの小さなポートレート。
 「時代を超えて輝いている女性。すてきですよね」
 肩肘張らず軽やかに、一人で何でも作ってしまう早苗さんの姿に、アガサ・クリスティの描く自立した女性の姿が重なった。

工夫と発見とコーヒーの香りで、「紙の月」は今日も輝く。

 「キレイなものや、売っているモノにあまり魅力を感じないんです。自分で作れば、たとえちょっと失敗したとしても愛せるんじゃないでしょうか」
 吉﨑孝介さんにDIYの魅力について尋ねたら、カウンターの向こうからこんな言葉が返ってきた。
 東京都青梅市出身。2016年に喫茶ペーパームーン(静岡市葵区)を始める前は、京都で暮らしていた。昭和の匂いを残す2階建て店舗の壁際には、建築の足場板を利用した手作りの大きな本棚。漫画や小説、歴史、映画とジャンルを問わず吉﨑さんが集めた本たちが並ぶ。70年代から90年代にかけての『暮しの手帖』のバックナンバーを一列に置きたくて、サイズにも気を配った。カウンターテーブルの前には、大好きだという保育社の文庫本、カラーブックスシリーズに合わせた小さな本棚も。
 「本に囲まれて本が読める、図書館のような店にしたかったんです」
 東京の実家は、産業廃棄物の収集運搬業を営む。それが理由というわけではないが、「断捨離」よりも「持っていたい派」だ。
 「モノへの執着心こそが人間らしさだと思うんですよね」
 そうやって取っておいたモノから選んで、ふと思い立って何かを作る。壁のハンガーラックは、ソファーのスプリングの金具を利用したものだ。
 店名の由来となったスタンダードジャズの歌詞のように、この場所では「ただの紙の月」だったモノたちが、吉﨑さんによって命を吹き込まれ、ここにしかない宝物になって輝いている。

パンを焼く人、その舞台を設える人。作る喜び、分かち合う幸せ。

 静岡市駿河区のスカイウォーカーは、杉山好以(たかゆき)さん、綾子さん夫妻が5年前に開業したベーカリーショップ。綾子さんが主役のパンやマフィンを焼き、好以さんがその舞台となる店舗や陳列棚を作る。
 「この店は私が運転中、信号待ちをしている時に偶然、みつけた物件です。もともとは賃貸の中古住宅で、大家さんにパン屋さんをやりたいんですと申し出て、リフォームの許可を頂きました」(綾子さん)
 二人は半年かけ、DIYで自分たちが思い描いた通りの店を作り上げた。
 「プロの職人さんに頼めば、早く、きれいに仕上げてくれるんだろうけど、求めていたのは少しくたびれた感じ。そのイメージを職人さんに伝えるのは難しいんですね。だったら自分でやっちゃおうと」(好以さん)
 実は好以さんは、28歳の時、事故で利き手である右腕を失っている。専門学校で特撮技術を学び、卒業後は造形技術者としてのキャリアがあったとはいえ、釘の打ち方、板の切り方等、すべての工程を一つ一つ、自分なりのやり方で身に付けていった苦労は、想像に難くない。
 「入院中に左手で絵を描いてみたんですよ。ガーベラの花の。その絵を見て、ほめてくれた人がたくさんいて。図工が得意だった子どもの頃を思い出しました」(好以さん)
 絵を描き、物を作り、パンを焼く。それができれば大丈夫。好以さんと綾子さんの笑顔からは、言葉にしなくても、そんなしなやかな自信が伝わってくる。好以さんが店番をした時に困らないように、最初から袋に入れているという、パンとマフィンが置かれた棚には、二人のこれまでとこれからの日々が、優しく一緒に並んでいた。

ひとつ屋根の下、壁紙は私の親友になる

 今年、静岡市葵区にオープンした輸入壁紙専門店、Wonderwall(ワンダーウォール)は、DIYの新しい楽しみ方を教えてくれる場所だ。
 水彩画を思わせる繊細な草花、モダンな幾何学模様、ポップな動物たち。伝馬町通りに面した店舗には、アートギャラリーのように、新鮮な輸入壁紙の世界が広がっている。「壁紙は、ノートやコースターなどの小物に貼っても楽しめますよ。たとえば、好きな柄をトレイに貼って、キッチンに立てかけておくだけでも気持ちが弾みます」と、店長の丸尾祐子さん。壁紙の柄選びはもちろん、ワークショップや道具のレンタルも行っているので、DIYのヒントや技術的な相談にも乗ってくれる。
 ロールごと販売している輸入壁紙は、幅が日本の物より少し狭いのが特徴で、それはちょうど女性の肩幅サイズ。男女を問わず、DIYが暮らしに密着した欧米らしい。
 海外のインスタグラムでは、壁紙を好きな大きさにカットして額に入れたり、クローゼットの壁や飾り棚の背景に、アートのようにワンポイント使いされている写真もよく目にするとか。
 「壁の一部分に貼って、壁掛用のフックとコーディネートするのも楽しいですよ」(丸尾さん)
 インテリアは毎日、目にするもの。無味乾燥だった壁に色や柄が加わり、おしゃべりを始めたら、疲れた時、気持ちが沈んだ時、優しい親友のように元気をもらえそうだ。

取材・撮影協力 / 輸入壁紙専門店 Wonderwall  cafe AGATHA(アガサ)  喫茶ペーパームーン  skywalker bakery&cafe

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