特集 | 2020.12月号

アステン特集

あの日のお酒の物語

思い出の中に、ときおりお酒が登場することがある。一緒に飲んでいた人の笑顔、会話。記憶と結びつくそれは、時に甘かったり、ほろ苦かったり、何かのきっかけになったり。一杯にまつわる、三者三様のエピソード。

インドの青鬼

 「最初は苦いって思ったんです」。そう話すのは「クラフトビアステーション」(静岡市葵区)の濵田孝文さん。最初にクラフトビールの味を知ったのが「インドの青鬼」だった。スーパーやコンビニにもある人気のビールだが「インパクトはあったけれど、それまで飲んでいたものより苦いなあという印象でした」
 クラフトビールとは、小規模な醸造所(ブルワリー)で造られるビールのこと。静岡でも近年、個性豊かなビールが次々に登場し、県内外にファンは多い。
 高知県出身の濵田さんが、家具職人として静岡に来たのは5年前。ビール好きなこともあり、ほどなく市内のクラフトビールの店に足を運ぶようになった。
 「たまたま隣り合った知らない人に『ここにこんな店があるよ』『あの店にはこういうビールを置いている』と教えてもらったり話が弾んだり。性別も年齢も、仕事も関係なく、ビールが好きという共通点だけで、どんどん輪が広がっていく。それが新鮮でした」。知り合いが増え、クラフトビールの味にすっかり親しんだ頃、あらためて飲んだインドの青鬼は「とてもおいしかった」。
 客として通ううちにスタッフになり、今年3月から店長としてカウンターに立つ。新しいチャレンジを続ける静岡のブルワリーや、まだ知られていないカナダのクラフトビールなどを積極的に店に並べる。濵田さんの故郷の味、四万十川流域で採れる酢みかん「ぶしゅかん」を使った料理は、ビールに合うと常連客に大人気だ。おいしいと思ったら勧めたいし、教えたい。誰かと分かち合いたい。濵田さんもクラフトビールの魅力に引きつけられた一人だろう。

北イタリアのワイン

 静岡市のソムリエール、長谷川浩美さんが紹介してくれたのは、イタリア北部ピエモンテの「バローロ」。「酸がほどよく軽やかなワイン」と評する長谷川さんだが、実はこの仕事をするまで、お酒には縁がなかった。家族は飲まなかったし、自分も飲めないと思っていた。結婚した先が老舗の酒屋だったことから、ソムリエの資格を取得。知識を深めるためにヨーロッパへ研修に赴き、北イタリアを中心にワイナリーを訪ねて、ワインの印象が大きく変わった。
 「日本では特別な時に飲むイメージが強いですが、ヨーロッパは日常に溶け込んでいました。毎日のフルーツやごはんの隣にワインがある感じ。カフェでワインを飲んでいる人がブドウの生産者ということも、珍しくありませんでした」
 基本的にワインは地産地消。それぞれの土地で採れたブドウで、地域の特色を生かして造られる。ミラノのような大都市は例外として、地元のワインは地元に流通し、日々の食卓に上る。気取ったものではないけれど、生産者も醸造家も伝統を守りつつワインを送り出す。人々も地域のワインを大切にし、当たり前のように「この料理にはこのワイン」と選ぶ。ワインの向こうに豊かな食文化がある。造り手と飲む人の距離の近さは「日本酒と似ているかも」と長谷川さん。
 7年前、ワインと日本酒の店「ラ・ソムリエール」を開店するときにイメージしたのは、北イタリアで見たワインを一杯からさらっと楽しめる空間だ。今では女性一人でふらりと立ち寄る人も増えた。
 「専門用語などは気にしなくても大丈夫。もっと気軽に、自分好みのワインを探して楽しんでくれるとうれしいです」

熊本の日本酒

 萩錦酒造は明治創業の静岡の酒蔵。萩原綾乃さんは五代目として、夫の知令さん、杜氏である母の郁子さんとともに酒造りに励む。綾乃さんの忘れられない一杯は、熊本の酒だ。
 関東の美術大学で助手をしていた綾乃さんが、実家の家業である酒造りを継ごうと、静岡に戻る決心をしたのは5年前。そのとき、建築の仕事をしていた知令さんが「自分も興味がある」と賛成したのは、決して偶然ではない。知令さんの実家も日本酒の酒蔵だったからだ。
 「熊本で『菊の城』を造っていましたが、既にやめてしまっていて。だから、結婚して静岡で酒造りを始めると言ったとき、彼のご両親がとても喜んでくれたんです」
 親族のみの結婚式、ハレの日に振る舞われたのは「菊の城」。「お義父さんが特別な時のためにと大切に保管していた一本を持ってきてくれました。華やかな香りの、とてもおいしいお酒でした」
 酒造りにはたくさんの工程があり、造り手の技術や、携わる人の日々の積み重ねで出来上がる。そうして生まれた酒が、時と場所を超えて、ここに届いている。一杯の酒が人と人、縁をつなげることを、乾杯の一杯に実感した。
 「酒造りに『和醸良酒』という言葉があって、人の和でよい酒ができるといわれます。いまはさすがに全て手作業というわけではないけれど、気持ちを一つにしていいものを造る、それは心掛けていきたい」
 南部杜氏から酒造りを学び、家族3人で次代の酒造りに取り組み始めたばかり。熊本も静岡も、気候が温暖で穏やかなところが似ている。「いつか熊本由来の酵母を使って、静岡の水で、それぞれのよさが表れた酒を造りたい」と綾乃さん。
 そうしてできた酒が、今度は誰かの忘れられない一杯になるのかもしれない。

取材協力 / クラフトビアステーション ラ・ソムリエール 萩錦酒造株式会社

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