特集 | 2019.3月号
新しい風が吹く、服。
2019年3月。「新しい時代」へのカウントダウンが始まった。そんな今、私に似合うのは、いったいどんな服だろう。本当の自分にフワリと寄り添う一着は、きっと明日の私の追い風になる。
時にはお客さんの人生まで変えてしまう 服を売るとはそういう仕事
静岡市の立山都さんは、「ものがたりを着るお店」というちょっと不思議なキャッチフレーズを持つ、セレクト古着やハンドメイド作品を販売するChoosy(チュージー)のオーナー。今年4月、園庭のすべり台もそのまま残された、元・幼稚園舎(葵区古庄)に店舗を移転するため、現在、その準備の真っ最中だ。
「交通量が多い繁華街から静かな住宅地への移転を決めたのは、1歳の息子のためでもあるんです」
立山さんは、働きながら子育てをするシングルマザー。10代の夢は歌手になることだったが、2番目に好きだった「服」を仕事にして、30代で念願の自分の店をオープンした。一つ一つ、人生の節目を乗り越えるたび、服を売る仕事が縁でつながった人たちに助けられてきたという。
「服を売ることは、レジを打って終わりじゃないんです。新しい服を着て、アパレルの面接試験で好評だったとか、おしゃれなカフェや遊園地に行ったとか、お客さんからの報告には、大きなことも小さなことも、全部、服から始まるストーリーがあります。自分が売った服が、お客さんの日常や、時には人生まで変えてしまう。こんな職業って他にないんじゃないでしょうか」
立山さんは、試着室から出てきたお客さんの笑顔を見るのが好きだ。
「背筋が伸びて、表情が輝いて。一瞬で自信を持ってくれたのが分かり、こちらまで幸せになります。似合う服を知ることは、自分を知ること。似合う服に出合うと、人生がもっと楽しくなりますよ」
終着駅は未来の私 自分らしい服を探す旅へ
自分に似合う服を選ぶ。これがなかなか難しい。そんな時、道案内のように手助けをしてくれるのが、藤枝市のイメージコンサルタント、山本浩美さんだ。山本さんのサロン、フラールアンソワでは、4時間ほどの時間をかけ、その人の肌を美しく見せるパーソナルカラーや、骨格診断による、生まれ持った身体のラインや質感に合う服の素材、デザイン、着こなしを導き出す。それはカウンセリングにも似た、本当の自分と向き合うためのプロセスだ。
「服装を整えることは、外側にだけ気を使うことではなく、その人の内面を表現したり、自分の意志やメッセージを相手にキャッチしてもらうための大切なコミュニケーションです。やりたい仕事、なりたい自分に近づくために、その人の内側の声にも耳を傾けながら、一人一人に似合う装いをご提案しています」
山本さんは、そんな内面や暮らしの変化を伴う装いを「整装」と呼び、日々を生き生きと過ごし、しなやかに自己表現をしていくための大切な作業だと位置づける。
「不満や悩みを抱えている人は、服装を変えることが新しいドアを開くきっかけになることも。内側と外側が一致した似合う服を着ることで、自信や余裕が出て、その人を輝かせるんですね」
山本さんによると、気付かず自分に合わない服を着て、損をしている人は意外と多いとか。習慣や思い込みだけで服を選ばず、「服の力」を信じて、未来の自分に寄り添い、導いてくれる服を探す旅を楽しみたい。
似合う服を見つけたら自分の中に花が咲き、色々な謎が解けていく
焼津市の谷澤知子さんは、アロマサロン、プルメリアを起業して5年目の頃、フラールアンソワの山本さんの力を借りた。
「ずっとやりたかったヒーリングの仕事に転身したものの、サロンの今後について迷いを感じていた時期でした。心機一転、まず外側から自分を変えてみようと、山本さんに相談することにしたんです」
同行ショッピングも依頼し、新しい服にも積極的にチャレンジした。
「それまでは癒やしの仕事だから優しい色のフワッとしたイメージの服を着なくては、と思い込んでいたところがありました。でも山本さんから、ジャケットの袖をまくった着こなしを勧められ、ああ、こんなスタイルも似合うんだと、自分の中の別な一面を肯定してもらったような気持ちでした」
以前は人からどう見えるかを気にしていた服選びも、今はその日の気分でスイッチをオン・オフするように、自由な着こなしを楽しむ。アロマサロンも、服と同様、新しい分野にも挑戦し、今年で10年目を迎えた。
「似合う服を知ることで、花が開くように、自分の中でいろいろな謎が解けていく感じでした」
微笑む谷澤さんの瞳に、もう迷いの色はない。
世界には残さなければいけない服がある
「職人の仕事風景って、真剣な表情の写真が多いですよね。僕はにこやかなのがいいなぁ」
修繕士の三枝学さんは、カメラを向けると足踏みミシンの前でそう言って笑った。
東京生まれで、小学校から焼津育ち。東京のアパレル会社、銀座のテーラーでの修業を経て、2018年4月、静岡市葵区のアーティストロフト「ボタニカ」に、洋服の修理、リフォームの店、3(san)洋装店を開業した。母のコートを娘用に、父のタキシードを息子の結婚式に、祖父のスーツを孫娘のリクルートスーツに。70年前に製造された日本製の足踏みミシンを使って、それぞれの大切な一着に新しい命を注ぎ込む。開店から1年未満だが、その仕事が評判を呼び、いつも大勢のお客さんがその仕上がりを待っている。
店には、大好きだというヨーロッパの仕事着を中心にビンテージの古着が並ぶ。
「糸をぜいたくに使った昔の服地は、本当に素晴らしいんですよ。僕は、ワークウエアの普遍的なデザインを生かしつつ、肩をつめたり、ポケットの位置を変えたりと少し手を加えます。それはちょうど、昔の良い服を今の良い服へと再編集している感覚です」
イギリスの伝統的なデザインを基に自ら型紙を起こし、フランスのベッドリネンやウールブランケットを素材に縫い上げたフィッシャーマンスモックは、完成するとすぐに売れてしまう人気のアイテムだ。
「古いものをどう残していくかがテーマです。捨ててしまうのは簡単だけれど、いいものはきちんと残さなきゃいけないですから」
大切につくられた服を、思いを受け継ぎ、リスペクトして大切に着る。これもまた「服」を愛する醍醐味(だいごみ)だ。
取材・撮影協力 / Choosy(チュージー) Foulard en soie(フラールアンソワ) Plumeria(プルメリア) 3(san)洋装店