特集 | 2017.11月号

アステン特集

革を持つ、という幸せ

革を持つということは、種をまくことに似ている。バッグも靴もペンケースも、出合ってから、時と共に風合いを増し、小さなキズさえ味わいとなって、自分だけの「革」へと育っていく。触れて、使って、共に暮らして。明日にはきっと、革の実りが私に届く。

わたしの鞄は、生きている

 朝日を浴びて揺れるベリーやナッツの木々、午後の日だまりの野菜畑、山の向こうにゆっくり沈んでいく夕日。レザー作家、横山明日香さんの「taodori(タオドリ)」の革たちは、自然に恵まれた榛原郡川根本町、標高およそ700mの山の家の暮らしから、一つ一つ、丁寧に生み出される。
 「子どもたちが学校や幼稚園に行っている昼間や、寝た後にトントンと革仕事をしています。限られた時間だと、かえって集中できるんですよ」
 家族は夫と10歳、8歳、5歳の愛娘が3人。おんぶにだっこの子育て超多忙期も、革でのものづくりを休むことはなかった。
 「実は私の母もレザー作家なんです。だからいつも革は身近にあって。小さい頃は革の端切れを折り紙にして遊んでいました」
 深いグリーン、茶色に青、山つつじのピンク。明日香さんがバッグや財布に使う色は、皆、自然の中にある色だ。
「空があって、海があって、土があって。そんな大地に根ざした感じの色合いが好きなんです」
 幼い頃から、革に親しむ母の背中を見てきた明日香さんだが、数年前、革との向き合い方を根本的に問い直す時期があったという。動物性の食品を避け、穀物と野菜を中心にしたマクロビオティックの食生活を実践する自分の暮らしと、動物の皮から派生する革仕事との矛盾に直面してしまったのだ。
 「(材料の)革は全部、もとは命だったんだ、革を扱うってことは命を扱うことなんだって、改めて気付かされました。でも革の仕事は私が母から受け継いだ大切なものだから、止めるわけにはいかない。悩んだ末、それからはどんな小さな革も無駄にしたくないと、それまで以上に強く思うようになりました」
 明日香さんの作品には、素材としての革そのままの、あえてカットしない曲線や、穴やキズ、シワなどが、生きていた時の動物たちの個性として生かされている。将来は、地元で捕獲されたイノシシや鹿などを革製品にして地域の特産にしたい、という夢も生まれた。
 「川根は狩猟が行われているので、1頭の命も無駄にしないで大切に使えるようなシステムができればいいなと。それはまだ次のステップですけど」
 昨年は、縁あって猟師さんから届けられたイノシシの皮を、祈りを捧げてから自分でナイフで肉や脂を取り、初めてなめしにも挑戦した。土にも空にも近い、自然に寄り添った川根の山の暮らしから、きょうも明日香さんの手によって革にもう一つの新しい命が吹き込まれている。

すべては「美しい革しごと」のために。

 たたく。縫う。切る。整える。
 晴れた日はたっぷりの天然の光が降り注ぐ静岡市内のアトリエの窓辺で、レザー作家の望月亜郁子さんは、日中のほとんどを手を動かして過ごす。繊細に、時に大胆に、一つ一つの革仕事の工程は、シンプルで無駄がない。
 お手製の山羊革のエプロン、アメリカ製箔押し機のレトロな書体、選び抜かれた道具たち。アトリエにあるものすべてが、亜郁子さんの手と、その手の中のすみれ色のコインケースのためだけに存在しているような、特別な空間だ。
 「小さな物でも仕上げるまでには幾つもの工程があるんです。たとえば、コバ(革の断裁面)なら、ヤスリをかけたり、コテで熱を加えて焼き締めたり。どれ一つ手を抜いても美しい仕上がりにならないですから」
 美しいものは「細部のこだわりの集合体」だと信じている。だからこそ、たった一人で背負っている自らのmochimochiというブランドに妥協はしたくない。
 「できるだけ美しく仕上げたいから、気付くと私自身は粉まみれ、ということも(笑)」
 革仕事を始めたのは8年前。友人の誕生プレゼントにピンク色のトートバッグを作って贈ったのがきっかけだった。そのバッグが評判を呼び、口コミでオーダーが舞い込むように。出来上がった新作をアップしているインスタグラムも好評で、フォロワー数は1000人を超えた。ネットからの注文も増え、現在は長期間、待ってもらうのが申し訳ないからと、一時的にオーダーストップしている状態とか。
 革仕事はすべて独学。大学では色彩学を専攻し、大学院の修士課程を終了、その後も研究室に残り助手を務めたという経歴が影響しているのか、知りたいこと、分からないことがあれば自分で徹底的に調べる。今も海外のレザークラフトショップや技術の高い革作家のSNSはこまめにチェックをして、道具やアトリエづくりの参考にしている。
 「仕事をする環境はとても大切。4月にこのアトリエが完成してから、それまで以上に仕事に集中できるようになりました」
 mochimochiの大きな魅力であるカラフルでエレガントな色使いの革たち(フランスの某高級メゾンと同じものを仕入れているとか)が並ぶ特製の収納棚を背に、自分の持っているすべての技を美しいものづくりに捧げる亜郁子さん。そのたたずまいには、「革に選ばれた人」という言葉がよく似合う。

革は肌と同じ。 だから自然と私たちの体になじむ。

 静岡市の婦人靴メーカー、矢沢の直営ショップ「クリムト」には、知る人ぞ知る靴以外の人気商品がある。それは靴づくりのために仕入れたレザーの端切れ。中には1g1円というお買い得コーナーも。掘り出し物を見つけにプロのレザー作家も訪れるというこの店で、店長の矢澤やよいさんに革製品との上手な付き合い方を聞いてみた。
 「革の主成分はコラーゲンで、人間のお肌と同じらしいんです。だから靴もジャケットも、着用するごとに自然と人の体になじんでいくんですね」
 大切にしまっていたお気に入りの革製品がカビてしまってガッカリということも。
 「革には、保湿力があるので呼吸するように自然に水分を吸収、放出しています。カビのエサである人間のアカや汗も吸ってしまう。だからカビはある程度、革にとって仕方ないものともいえるんです。とはいえカビは避けたいですよね。一番、手軽で確実なのはカビてしまう前に、使用した後、汚れを柔らかい布で落として、靴用のカビ防止抗菌スプレーをシュッとしておくこと。それだけで効果があるんですよ」
 お気に入りの革を持つ幸せがずっと続くなら、小さなひと手間は惜しくない。

「皮」は「革」になって、もう一度、命を宿す。

皮は、なめされて革となり、レザー製品として私たちの元に届くまでに、さまざまな人の手を渡り、たくさんの思いを注がれる。
ミルフィーユのように重なったそんな思いが、革製品にその独特の存在感と輝きを与えているのかもしれない。

取材・撮影協力 / KLIMT  taodori(道鳥)  mochimochi

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