特集 | 2019.2月号

アステン特集

心かさねる色重ね

グレーのコートの襟元に巻いた萌黄色のストールに春の兆しを感じられる私たち日本人のセンスは不思議。重ねた色には、美しいものを愛する人の心までもが重なっている。

白を重ねる

 「万葉の時代の日本で、最高の色といえば白でした。それも染めた白ではなくて、自然のままさらした『素』の白です」と話す森谷明子さんは日本画家。自然素材から作られる岩絵の具を相手に、日本の色を見つめてきた一人だ。
 森谷さんが言うように、例えば伊勢神宮の御帳や鳥居、神社で使うしめ縄も、加工した白ではなく素の白だ。「日本には、どれだけ手の込んだものを作っても手をかけすぎず、自然を生かすという美意識があります。自然はそのままで完成されたもので、私たちはそれを分けていただいてものを作っているという捉え方。白はその象徴的な色だと思います」
 日本画の世界でも、白は最も重要な色だと森谷さんは言う。「日本は湿潤な国だけに、日本画も水の表現が特に豊かです。そぼ降る霧雨や雨上がりに立ち上るかすみ、おぼろ月などを描こうとするときは、白の岩絵の具をぼかして幾重にも重ねることで濃淡を描きます。光にも水蒸気にもなる色なんです」。森谷さんが日本画を始めたのも、霧の向こうに何かが見え隠れするような、描き込みすぎない日本画の美しさに引かれたからだという。
 日本画の白には、カキなどの貝殻を細かく砕いた胡粉と呼ばれる天然の顔料が使われている。「鉱石を砕いて作る他の色の岩絵の具よりもやわらかい風合いが表現できます」と森谷さん。ただ、胡粉は使うたびに準備に30分はかかる。乳鉢ですって細かい粒子状にし、にかわを加えて練り込むのだけれど、にかわは動物性のゼラチン質なので腐りやすく、作り置きが効かない。本当に、自然からいただいている色なのだ。
 「明治以降、油絵が日本に入ってきてからは、岩絵の具の粒子をわざと粗くしてその物質感で輝きを表現する技法も生まれ多様な表現が出てきました。日本画も進化しています」と森谷さんは話す。「最近はにかわの代わりにアクリル素材を使う人もいます。確かにその方が時間も手間もかからないんですが、私は白い絵の具を溶くという非合理的な過程にも、思いの部分で意味があるような気がしています。仏師が一彫りするたび祈るように、輝くような白が出ますようにと全き思いを込める。そこを略してはいけないと思います」

雅を重ねる

 平安貴族の十二単も、色を重ねる日本の伝統美。私たち現代人にとっては遠い憧れでしかないけれど、そのみやびな世界を今も身近に見せてくれるのがひな人形だ。「昔から、ひな人形は女の子が日本らしい美の感覚やしきたり作法を身に付ける教材のような役割を果たしてきたんです」と、人形店「みやひで」の長澤英二さんは話す。
 平安の公家の女性たちは、単衣一枚の美しさを誇るより、色とりどりの着物を幾重にも重ねる「かさね色目」を楽しんでいた。たとえば、紅梅のような濃淡の紅色の上に真っ白な表着を合わせる「雪の下」や、高貴な紫の濃淡を合わせた「杜若(かきつばた)」など、現代の私たちも心くすぐられる美的センス。鮮やかな色を何色も重ねることで自然の風景のような中間色を作るのが好まれたという。
 「平安貴族の色遣いの中には、年齢や身分を意味するものもあります。例えば黄櫨染(こうろぜん)と呼ばれる赤みのある黄色は、平安時代に天皇陛下が重要な儀式の時だけ身に付ける『禁色』と定められました。黄色は万物に光を与える太陽の色として最も位が高いと考えられていたんです」と長澤さん。「この春に新天皇が即位される時も、黄櫨染の装束をお召しになるはずですよ」。禁色もひな人形になら許される。伝統の黄櫨染のレシピを忠実に踏襲したひな人形も作られているそう。 「女の子が大きくなったら帝のように立派な方と出会えるようにという願いがこもっているんですね」
 もっとも、今はひな人形も地位や階級など意識しないで自由に色選びを楽しめる時代。長澤さんは言う。「ピンクの衣裳のようなモダンなお人形はひな人形ではないという人もいますが、大事なのは古いしきたりよりも、女の子の成長をお祝いする心だと思います」

粋を重ねる

 「日本人は中間色が好きですよね。赤とか黒とかはっきりした色ではなくて、何かの色を消したような、やわらかい色です」。そう話すのは和服のプロ、呉服店「杜灯草庵 晏花」の田崎悦子さんだ。「以前、伝統技法で染め上げた本物の十二単を見たことがありますが、暗闇でも見えるほど素晴らしく色鮮やかでした。でもそうした平安貴族が着ていたような濃い色の着物は染料をふんだんに使うのでとても高価。庶民の手に入るものではなかったんですね」。時代と共に庶民の衣服にも厳密なしきたりができていく中、人々は知恵を凝らして中間色のおしゃれを楽しんでいたという。
 「庶民が華やかな色を使えなかった江戸時代には、『四十八茶百鼠』という言葉ができたほど、茶色やねずみ色などの染料にはたくさんのバリエーションが作られたんですよ。何色だと名前を言えないようなあいまいな色の方が粋だとされて流行ったんです。ねずみ色の表地の裏に紫を重ねてわずかに色を見せるといったおしゃれも登場してきました。今でも、普段使いの小紋は柄が細かくていろいろな色が混ざっているでしょう?」
 そんなあいまいな色の着物に、帯や小物で「効かせ色」を重ねることで季節感や若々しさを出すのが、着物の粋な楽しみ方の一つ。「たとえば鶸色(ひわいろ)という、黄色に近い黄緑色の着物に、半襟や帯締めで赤を重ねれば、若い女性に似合う春先の装いになります。その同じ着物でも、効かせ色を茶色にするだけで季節感ががらっと変わりますね」と田崎さんは話す。ちなみに、効かせ色は着物の柄に使われている1色を選ぶと調和が取れるのだそう。現代の私たちも気軽に真似できそうだ。「『すてきな着物ね』と言われるより『すてきなセンスね』と言われたいですよね」

取材・撮影協力 / 人形のみやひで静岡店 TEL.054-253-2456 杜灯草庵 晏花(ととそあん はるか) TEL.054-286-7557

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