特集 | 2017.5月号

アステン特集

見通しのいい暮らし。

生活空間が整っているほど心は穏やかに満たされると聞く。「片付ける」ことに振り回されず明日を見通せるそんな暮らしはどうやってつくるんだろう?

「どんな自分になりたい?」が出発点。

 例えば、朝起きてから家を出るまで、自分がどんな流れで立ち働いているか思い返してほしい。顔を洗い、着替え、朝食の準備や後片付け。洗濯、メーク。曜日によっては掃除やゴミ出し、家族の用事や子どもの世話なども差し挟みながら、行ったり来たり、分秒単位で動き回っているとき。あるいは夜、家でホッと一息ついたとき。
 「ああ、片付けなきゃ」という声が一瞬、頭の隅をよぎったなら、その人は忙しさにも、リラックスにも集中できない空間に身を置いているかもしれない。想像以上に、私たちは「場」に気を取られるし、無意識ならなおさら、その影響の大きさにも理由にも気付けない。だからこそ、忙しくてものんびりしていても、私らしく過ごせる場をつくりたいし、そこで私の何が、どう変わるのかを知りたい。
 「どんな自分になりたいか、どんな暮らしをしたいか、なんですよ」
 片付けることで何が変わるのか。そんな問いに対するライフオーガナイザー八木幸子さん(藤枝市)の答えは明快だ。
 生活空間の片付けというと、どうしても収納グッズの使い方や食器のしまい方といった「散らかっている目の前の状況を何とかする方法」を考えがちだけれど、ライフオーガナイズは、単に片付けのスキルではなく、生活や生き方、働き方などを含めて整えること。片付けたその先の未来を導くもの、と八木さんは言う。
 八木さん自身は片付けられない母のもとで育ち、結婚後は整理整頓に努める暮らしを続けてきた。「それでも何だか満たされなかった」のは、物を捨てられない夫に自分の価値観を押し付けようとしていたから、だそう。
 「家族でも価値観は違うし、心地いいと感じるものも異なります。テーブルの上に何もないのが好きな人もいれば、お気に入りの物に囲まれていたい人もいる。片付け方も、見える収納が向いている人もいれば、すっきり見えない方がいい人もいる。ライフオーガナイズは、それらを一度認めた上で、じゃあ自分にとってのいい状態にするには?と考えます」
 毎日の暮らしを振り返り、直したいこと、大切にしたいことを少しずつひも解きながら見えてくるのは「こうだったらいいな」という理想と、「5年後、10年後こうなっていたい」という未来像。
 今は子育てに専念しているけれど、子どもの手が少し離れたら趣味の時間を充実させたい。子どもが大きくなってもリビングで家族がだんらんできる時間を持ち続けたい。仕事でどんどんキャリアアップを目指したい。そんなビジョンを思い描いて初めて「じゃあこういう空間を作りましょう」というステップにつながっていく。その経過で、家族との価値観の違いが浮かび上がるなら「ここはあなたのスペース」といった折り合いも時には受け入れながら「私にとっての心地よさ」を探る。「初めは人が習慣をつくり、やがて習慣が人をつくる」と言ったのは、イングランドの詩人ジョン・ドライデンだが、見通しのよさを共有することは、複数の人との暮らしを快適に保つために必要なのだ。
 「整理収納はゴールではなく、なりたい自分になるための手段。そのためには広く、空間と時間を俯瞰(ふかん)することが必要なんです」
 理想の自分に必要なものを選び、不要なものを手放して。せき止められていた川の水が勢いよく流れ出すように、暮らしに風を通すことで、心持ちは大きく変わる。家族との会話が増えた人、家事がスムーズになったのを機に思い切って仕事を再開した人。そうした変化は「なりたい自分」に向かって踏み出した、大きな一歩なのだろう。

耕して、幸運を呼ぶ。健やかに育つ場所を保つ方法。

 きれいに片付けた空間を保ち、時間がたつほど快適さが増す、そんな習慣づくりに取り組んでいる企業があると聞き、訪ねてみた。
 事務機器やオフィスの設計などを行うコクヨの東京・霞が関オフィスには、ワンフロア400人以上が働く。各部署のセクションには、それぞれに必要な書類やカタログの棚が並び、デスクでパソコンに向かっている人も、打ち合わせスペースで会議が行われている様子も、よく見るオフィスの光景。ただ、散らかった印象はなく、むしろ人も物もたくさんなのに整然と交通整理がなされている、という感じ。もちろん、これにはれっきとした理由がある。
 「オフィス全体でカイゼン活動を行っているんです」。そう説明してくれたのは、同社シニアデザイナーの一色俊秀さん。オフィスをより快適にするカイゼン委員会、その中の「カイゼンマン」だ。
 「オフィスは畑の土。土壌が豊かでないと人は育たず、いい成果は得られない。これは当社の二代目社長、黒田暲之助の言葉です。通路に段ボールが積まれていて通りにくいとコミュニケーションが減りますし、インクのなくなったマーカーがそのまま放置されていれば会議に支障が出る。社員の成長と成果を考えれば、整った環境が不可欠なんです」
 社内で選ばれた「カイゼン委員」のメンバーが月1回、気付いた改善点を持ち寄る。コートハンガーの位置が分かりにくい。傘が何日も傘立てに放置されている。一つ一つは小さなことが、緊急性の高いものから見直される。
 「例えば、卓上を拭くためのウエットシートは必ず詰め替え用1個と一緒にセットし、誰でも手の届く所に置いています。使おうとして容器が空だと、そこで拭くのをあきらめてしまうんです。詰め替え用があればすぐに使えるし、詰め替え用がなくなっていたら補充が必要だとひと目で分かります」
 社員目線の気付きが、ユーモラスをまじえて改善されることも。出したものを戻してほしいとき、「戻してくだサイ」と訴えるのはサイのキャラクター。小さなカイゼンを継続していくには「面白がって楽しむ工夫が大切」と一色さん。
 「ただ注意するだけよりも、~してくだサイ、とキャラクターが言えば受け入れてもらいやすい。今ではすっかり浸透しています」
 「culture=文化」は、「耕す」を意味するラテン語に由来するそうですよ。そう一色さんが教えてくれた。
 「畑も耕したり草を引いたり、手を入れることでいい作物が育ちます。オフィスも、そして家庭もおそらく同じこと。お父さんも子どもも家族みんな一緒に掃除して、快適な家にするために無理なく巻き込んでいく。そういう習慣が会話のきっかけを生み、家庭の文化になっていくんだと思います」

取材・撮影協力 / 大人の片づけ塾 http://ameblo.jp/kurashibijinjyuku  コクヨ TEL:0120-201-594(ライブオフィスのウェブサイトは「コクヨ、ライブオフィス」で検索。見学は法人に限る)