特集 | 2019.5月号

アステン特集

自分のために選ぶお茶

好きなお茶ばかりを少しずついろいろそろえて楽しんでいる人が、静岡にも増えてきた気がする。ワインのように自由に選ぶ、自分のための今日のお茶。

金色のお茶、いろいろの味

 新茶シーズンになると時折ニュースで取り上げられるけれど、実際に見たことがある人は少ないだろう。新緑の中でひときわ輝くような黄金色の新芽に覆われた、「黄金みどり」の茶園。静岡市・藁科川上流の山深く、茶農家の佐藤浩光さんがこつこつと増やしてきたここのお茶は、珍しいだけでなく、はっとするほどおいしい。
 30年以上前、緑の茶畑の中に一本だけ、あまりにきれいな黄金色の新芽があるのを佐藤さんの父親が見つけ、風水の教えにならって家の西側の垣根にしようと育ててみたのがことの発端。「ある時いたずら心でその新芽を手揉(も)みしてみたら、ものすごくうま味の濃いお茶ができたんです」と佐藤さんは言う。まるで奇跡みたいな話だけれど、「畑の中に突然変異の新芽が出てくるのはよくあること」だそう。たまたま芽生えた小さな可能性を、新しいお茶へと育てたのは佐藤さんの先見の明だ。
 黄金みどりで作った煎茶(せんちゃ)は大々的に売り出せるほどたくさんはできないけれど、一部のお茶通からはたちまち注目された。中国の一部地域には黄色い葉の緑茶もあると聞き、緑茶に対する既成概念が外れた。世界のお茶を知るマニアに刺激された佐藤さんは、「誰もやらないことをやった方が面白い」と、さまざまな製法に挑戦し始めている。黄金みどりの茶葉を手で炒って作る中国流の釜炒り茶は、熱いお湯でワイルドにいれてもだしのようなうま味が出るし、茶葉をただ干しただけの白茶はほのかにはちみつの香りがする。お茶とはこういうものという私たちの先入観を軽やかに裏切ってくれる。これだけいろいろな味が、一つの畑から生まれるなんて。

ワインのようにお茶を選ぶ

 「お茶といえば緑茶という日本と違って、米国にはいろいろなお茶があります。ワイン好きの人がフランス産イタリア産といろいろなワインを楽しむのと同じように、日本の緑茶も数あるお茶の一つとして選ばれています」。そう話すのは、19年前からロサンゼルス近郊に移住して日本茶を販売している白形傳四郎商店の白形雅則さん。地元静岡で慣れ親しんできた山のお茶の価値を理解して欲しいと、現地で販社を立ち上げ、日本茶セミナーや試飲会を開いている。
 移住した当初、米国では緑茶といえば中国産がほとんどだったそう。最近は世界的な日本茶ブームといわれるけれど、海外で暮らす白形さんから見れば、それはまだまだ大都市のほんの一部。それでも熱心に活動してきたかいあって、現地でも新茶を楽しみにしている人、産地や品種を尋ねてくる人が少しずつ増えてきている。私たちがワインを選ぶのと同じように、次はどれを試そうかと、選ぶのを楽しんでいる。
 「ブームの浮き沈みが激しい日本と違って、浸透するまでは時間がかかるけど、一度理解してもらえたら定着していくはずです」と白形さん。いつか大陸ど真ん中のカフェでめちゃくちゃおいしい静岡茶に出合ったら、ちょっと感動だ。

料理に合わせるとお茶は楽しい

 「どんな料理と一緒に飲むか、という視点からお茶を選ぶと楽しいですよ」と話す白鳥智香子さんは、日本茶インストラクターの資格を持つソムリエール。静岡市内の老舗ステーキハウス「ルモンドふじがや」で、ワインのように奥深い静岡茶の世界へと案内してくれる。前菜からメインまで、料理に合うお茶と共に楽しめるコースは、お茶どころ静岡でも珍しい。
 例えば最初にシャンパングラスに注がれる「川根茶 シャンパーニュ仕立て」は、なんとスパークリングの緑茶。炭酸水に山のお茶の香りが弾けて、ノンアルコールながらほの甘い食前酒のよう。山のお茶とは対照的に、日差しを浴びて育った牧之原産の深蒸し茶は、白ワインのように魚介に合わせる。決まったコースだけでなく、「お客さまがどんなお茶を飲まれてきたかなどお話ししながらその方に合ったお茶を提案したい」という白鳥さんから、それぞれのお茶の魅力を聞きながら飲むお茶は格別だ。
 白鳥さんは生産家や日本茶インストラクター、観光業など、お茶に関わる人たちが立ち上げた研究グループ「茶と食を掬(むす)ぶ会」にも参加し、仲間といろいろなお茶を学びながら料理とのペアリングを提案している。この会では最近、飲食店のプロにお茶の魅力を伝えるセミナーを開いて注目を集めた。いろいろなお店でいろいろなお茶が楽しめる街になる日も、遠くないかも。

料理に合わせる「茶ノ実油」

 白鳥さんのルモンドふじがやで、魚介のドレッシングオイルとして使われていたのがお茶の実から搾った「茶ノ実油」。ナッツのような繊細な香りで、淡泊な魚やフレッシュチーズにぴったり。実はこのオイル、農家の人手が減って手入れされなくなった茶園の荒廃を防ぎたいと、白形傳四郎商店のスタッフが独自に研究を重ねて開発したもの。生産家からお茶の実を買い取って有効活用することで、栄養豊かでヘルシーなオイルができる上、静岡らしい景観の維持にも一役買っている。

取材・撮影協力 / 黄金みどり茶園 TEL.054-291-2423  白形傳四郎商店 TEL.054-271-3559  ルモンドふじがや TEL.054-251-0066 茶と食を掬ぶ会

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