特集 | 2019.6月号

アステン特集

朝日夕日まん中に灯台

次の休日が晴れたら、御前崎へ行こうと決めていた。雨上がりの朝、国道150号線を西へ。わだちの水しぶきを飛ばしながら愛車を走らせた。目的地は白亜の灯台が立つ静岡県最南端の岬、御前崎。太陽の傾きによって刻々と変化する一瞬の美しさを、輝きを、海街で暮らす人たちに尋ねた。

朝、やわらかい海

 駿河湾と遠州灘の先の水平線は、空の広さや地球の丸さ、自然の偉大さを感じさせてくれる。日の出と日の入りの両方を見届けられる場所。
 6月になると、御前崎の空は朝4時台から白み始める。白い月がくっきり残る早朝、朝日で照らされた御前埼灯台は、まだ大きなレンズをくるりと回し、海を照らしていた。
 マリンスポーツのメッカである御前崎ロングビーチには、平日でも夜明けとともにサーファーたちが集まって来る。その中に小麦色に日焼けした少女がいた。地元生まれ地元育ち、13歳のサーファー、佐藤李(すもも)さん。毎日"朝練"をしてから地元の中学校に通っている。早起きはちょっぴりつらいけれど、早朝の海は一番のお気に入りだ。「朝の海の水って不思議とやわらかく感じるんです。滑らかでとろっとしてて。だから優しい感じがして好きです」とあどけなくほほ笑む。この時間は風も穏やかでビーチも静か。「サーフィンしながら海から見る朝焼けが本当にきれい。赤とか黄色に染まるから」
 サーフィンを始めたのは小学1年から。本格的にのめり込んだのは、大きい波にも立ち向かえるようになった小学5年の頃だった。ハワイやバリなど海外の海も経験し、世界の頂点を目指すようになった。それからは季節を問わず登校前と下校後に、御前崎の海で技を磨いている。そんなストイックな生活を支えるのはウインドサーフィンで世界トップクラスの現役プロである母、素子さん。素子さんは4時起きでおにぎりを作って車で送迎し、練習中はビーチで見守るのが日課だ。「あの怖がりだった子が、大きい波でも立ち向かって行くようになって。成長したなって思います。本当は心配なんですけどね」。朝日に照らされたロングビーチで、母は目を細めた。

昼、にぎやかな海

 青空に映える高さ22.47mの灯台は、御前崎の風景には欠かせないシンボル。地元の人にとっては「空気のような存在」だという。それもそのはず。明治維新から間もない1874年に、イギリス人技師の設計で建てられた。当時から姿を変えることなく、ずっとずっと海を見守ってきた歴史的建造物なのだ。2年前に修繕工事があり、化粧直しした。正式名称は「御前埼灯台(おまえさきとうだい)」。全国に16基しかない貴重な「登れる灯台」でもある。
 そんな灯台のあれこれを知り尽くすのは、灯台のふもとでみやげ店「みさき売店」を営む松林文江さん、81歳。50年以上前、義母が仲間たちと始めた店は今、松林さんが一人で切り盛りしている。接客が好きだった義母は88歳まで店に立ち、引き継いだのは70を過ぎてから。「ここに店がないと寂しいってみんなが言うもんだから、続けてるんですよ」と明るく笑う。店先には観光客の目を楽しませる数十種類の貝殻や記念品が並ぶ。
 松林さんのお気に入りの場所は、店の奥にある小窓のそば。小さな額縁のような窓の向こうに、大海原が広がる。陽の光を受け、キラキラ輝く昼の海をその窓から眺めている。「ここは私の特等席。夏は心地いい風が入って来て、冬は日差しであったかいんですよ。エアコンもいらないですから」と教えてくれた。
 眼下に見る磯は潮干狩りの人気スポットで、週末ともなると、この時季は多くの家族連れでにぎわう。昔と比べ観光客は減っているが、やっぱりにぎやかな海が好きだ。「小魚にヤドカリ、タコやカニも獲れるでね。夢中になってる子どもたちをこっからよーく見てるんです。あ、あの子転んだけど大丈夫かしら、とか思いながら。ほら、今から潮が引いてくね。潮が引くともっときれいだからね」
 いつしか店は、訪れる人の憩いの場となっていた。日没まで店を開けている理由を「店が閉まってちゃあ、夕日を見に来たお客さんに悪いと思ってね」と語る松林さん。今日もまた、沈む夕日を見届けて帰路に就く。「夕日がきれいに入りゃあ、翌日の天気はいいでね」

夕、黄金色に輝く海

 暮れなずむ空と海。御前崎の夕日は、まるで夕日自体が意思を持って一日の別れを惜しむかのように、ゆっくり、ゆっくりと天地を染めていく。日によってオレンジ色だったり燃えるような赤だったり、季節によって海に沈んだり、山に消えて行ったり。その時々で情景は変わる。
 約30年前、名古屋から移住した石原智央さんは、今でも夕焼けの美しさに心を揺さぶられる。美しい夕日に出合うと、思わず手を止め足を止め、じっくり見入ってしまうという。中でも、夕日の上に雲が掛かった"年に何回かしかない絶景の日"は格別だ。「雲があるほど空は赤くなるんです。夕日の上だけ雲がある日があって、その雲に光が当たると、空が燃えるように赤く染まってめちゃくちゃきれいなんです。心の休息時間ですね」
 ウインドサーファーでもある石原さんは、波が高く風が強い御前崎の海にほれ込んで、19歳の時に身一つで移住した。テントから始まった移住生活だったが、今ではすっかり根を下ろし、御前崎の活性化のために尽力している。地元の子どもたちにもっとマリンスポーツに興味を持ってもらおうと、海のパトロールや海洋教育などを展開する「御前崎渚の交番」の理事長を務める。仲間とともに年間200回は海岸をパトロールし、砂浜の環境保全活動にも力を入れている。おしゃれなカフェも併設した灯台の真下の「渚の交番」は、新しいランドマークとして浸透し始めている。
 御前崎の海とともに歩んできた人生。30年以上見てきた御前崎の風景の中で、海から見る夕日が一番好きだ。「気持ちが落ち着きます。ありがとうっていう気持ちが自然と湧いて来るんです。年々染みるようになりました。ここは唯一無二の海です」

 日が傾き始めた頃、灯台に登った。88段のらせん階段を上って展望デッキに出ると、潮風に包まれると同時に空と海の大パノラマが広がった。太陽は海面に光の道を描き、白波が長い海岸線を描いていた。晴れた日の灯台は、心を明るく照らしてくれる。

取材・撮影協力 / みさき売店  御前崎渚の交番  清水海上保安部

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