特集 | 2019.7月号

アステン特集

夏と果実の待つ場所へ

フルーツ農園は、風の吹く宝石箱だ。土や光、水の恵みと、育てた人の知恵と愛情を、美しいかたちに実らせて。ひとくち頬張れば、甘さも香りもみずみずしさも、まるごと私たちの力になる。この町にしかない、夏の「宝石」を完熟で。

松永さんとブルーベリー

 JR蒲原駅から、山の斜面を北に2km。眼下に駿河湾を望む農道沿いの山あいに、夏だけの特別な場所がある。ブルーベリーの松永農園(静岡市清水区)だ。
 長男の晶雄さんを中心に、松永さん一家が丹精込めて栽培したブルーベリーが実るのは、梅雨明けを過ぎた7月下旬から8月下旬にかけて。「夏限定のお楽しみ」のブルーベリー狩りを目的に、毎年、多くの人が農園を訪れる。
 春、かれんな白い花が咲く頃、飼っているミツバチを放して受粉させ、農薬は一切、使わずに、わが子の成長を見守るように大切に育てた松永さんのブルーベリー。大人の背丈ほどの枝から、もぎたてを口に運べば、山から海へと抜ける風と一緒に、真夏の暑さも飛んでいく。
 「指で触ってぽろりと取れたら"とってね"のサインです。水耕栽培のブルーベリーと違い、うちのは自分たちの力で、土の中から必要な養分を吸い上げて実ったもの。お客さんからは、ただ甘いだけでなく味にふくらみがあるねとか、コクがあっておいしいと言ってもらえます」と、晶雄さんの母、敬子さん。虫よけを兼ねて敬子さんが植えたハーブを使ったミントシロップや、自家製のブルーベリーシロップをたっぷりかけたかき氷は、夏の農園の人気メニューだ。
 地域で長年、みかんやレモンを栽培する柑橘農家の松永さん一家が、農薬や化学肥料を使用しない農業への取り組みを始めたのは、晶雄さんの祖父の代から。曾祖母の病を機に、口に入れるものは体にいいものをと考えた末の決断だった。当時はまだ無農薬の作物への理解が少なく、苦労も多かったそうだが、敬子さんの夫、信彦さんの代で、農薬をまったく使用しない自然農法へと完全に転換。直売や通販で少しずつ販路を広げ、今では「松永さんの味でなくちゃ」という根強いファンも増えた。2013年に始めたブルーベリー農園も、年々集客が増え、今や松永家にとって夏の一大イベントに。今年の夏も、家族総出で笑顔で迎えてくれるはずだ。

才茂さんとマンゴー

 とろけるような黄金色の果肉と、甘い香り。完熟マンゴーといえば、贈答品としても人気の高級フルーツの代名詞だ。そんなマンゴーが、石垣いちごでおなじみの久能で、夏空の下、たわわに実っているのをご存知だろうか。生産者は、静岡市駿河区安居の才茂祐二さん。6月の半ばから8月にかけて、通称「無人販売ロード」と呼ばれる旧久能街道沿いにある、さいもファームの直売所には、サイズが小さかったり、色回りが薄いため贈答用から外れたマンゴーが割安の価格で並ぶ。フルーツグルメの密かな夏のたのしみとして、毎年、心待ちにしているお客さんも多い。
 この地で代々続く農家として、イチゴと葉ショウガを栽培する才茂さんが、日照時間が長く気温も温暖な久能はマンゴーの生育にも適しているのではないか、と沖縄から苗を取り寄せたのは今から18年前。海岸沿いの葉ショウガのビニールハウスを、マンゴー用へと転換した。ポットに植えて根域を制限することで果実の甘さを引き出すボックス栽培を行っている。
 「農作物は肥料や環境の変化で味が大きく変わります。そんな工夫や挑戦をする場として、競争相手の多い果物の世界は、やりがいがあって面白いんです」
 才茂さんがこだわるのは土だ。微生物と、米ぬかや魚カスなどの有機物をブレンドして発酵させ、独自の肥料を作る、環境に優しい微生物農法を独学で研究。およそ7年の地道な試験栽培を重ねながら、11年前にアーウィン、レッドキーツ、キンコーなど5種類のマンゴーの出荷に成功した。中でも果皮が緑色のキンコーは栽培が難しく、市場に出回ることが少ないため「幻のマンゴー」と呼ばれる希少品種だ。
 「三島と函南町に、同じ頃に栽培を始めたマンゴー仲間がいるんですよ。この二人がいなかったら、とっくに挫折していたかもしれません」と才茂さんは笑う。
 そしてもう一人、才茂さんのマンゴー作りに欠かせない大切なパートナーが妻の靖子さん。研究肌の才茂さんを支え、生産だけでなくネットでの情報発信や、直売所での接客も担当。この夏、さいもファームを訪れたら、いつもハウスにいることの多い才茂さんに代わって、きっと靖子さんが食べ頃やおいしいマンゴーの選び方など気軽に相談に乗ってくれるだろう。

西川さんとジャボチカバ

 「先日、日本で暮らす日系ブラジル人のご家族が農園にいらしたんですが、ジャボチカバの木を見て、懐かしいと涙を流して喜んでくださいました」と語るのは、静岡市駿河区丸子の西川文(あや)さん。夫で、西川農園代表の宜成(よしなり)さんと共に、毎週日曜日に営業する農園カフェ、Cafe Jaboticaba(ジャボチカバ)を切り盛りしている。
 ジャボチカバとは、南米ブラジル原産のトロピカルフルーツ。巨峰によく似た果実が木の幹に直接、実る光景は、なんともエキゾチック。100本のジャボチカバが植えられた大きなビニールハウスの真ん中の、宜成さんが自ら一枚一枚敷いたというレンガの小径を歩けば、不思議な異空間に紛れ込んだよう。
 「ここに来ると時が過ぎるのを忘れてしまう、とよく言われます。ジャボチカバの木陰で、思い思いのゆっくりした時間を過ごしていただけたらうれしいですね」と宜成さん。西川農園は元々お茶農家だが、2001年、偶然ジャボチカバの木にめぐりあい、この緑の葉陰の下でくつろげる場所をつくりたいと、農園カフェの実現を思い立ったそう。
 その夢の実現を大きく後押ししてくれたのが文さんの存在だ。ケーキ類やジュース、ラッシーなど、カフェで提供するジャボチカバを使ったメニューのほとんどが文さんの自家製。グラス1杯のジュースには、香料や砂糖など余計なものは一切入れず、種を取ってから、コトコトとアクを取りながら煮た、倍以上の量のジャボチカバがぜいたくに使われている。
 「農園でカフェをやるからには本物の味を知ってほしい、そんな思いが常にあります。ここでしか味わえないメニューで、ここにしかない時間を楽しんでほしい。主人と二人、どうしたらお客さんが喜んでくれるだろうと、いつも考えています。農業はいろいろな夢を乗せられる仕事。多くの人に挑戦してほしいですね」(文さん)
 お客さん、農業関係者、メニュー作りのアドバイスをくれる人たち。日本ではまだ新しいフルーツ、ジャボチカバが紡いだ出会いから、また二人の新しい夢が広がる。

取材・撮影協力 / 松永農園 090-1822-5233 さいもファーム 090-9948-2540 西川農園 Cafe Jaboticaba 090-7605-3491

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