特集 | 2020.11月号
降っても晴れても、心にスイッチ。
「大丈夫?」と聞かれて、「うん」と答えた。でもホントのところはどうだろう。スイッチをオン・オフするように自分で心のケアができたなら、降っても晴れても、きっと大丈夫。
「二つの名前」で人生を彩る
静岡市の草野冴月(さつき)さんは、「女がかっこいい舞台をつくりたい」をテーマにする女性だけの演劇ユニット「HORIZON(ホライゾン)」の主宰者だ。演出家、俳優とは別に、中学の理科教師という顔を持つ。演劇と教育、どちらも今年のコロナ禍で大きな影響を受けた。公演の不安やオンライン授業など環境が激変する中、草野さんも一時、体調を崩してしまったという。今はすっかり回復したが、新しい劇団活動の模索や、学校で取り組む教育に演劇を取り入れたメソッドの指導など、責任の重い日々は続く。そんな草野さんの多面的な日常を支え、心を整えるスイッチの役割を果たしているのが「名前」だ。
「HORIZONの団長になり、演劇を仕事として本腰を入れてやろうと決めた時、本名の大橋美月とは違う、草野冴月という新しい名前を付けました。大橋のままだと甘えが出てしまう気がして」
劇団をつぶしたくない。演劇は呼吸するようにずっと続けていきたい。社会人劇団を継続する苦労を知るからこその覚悟だった。白衣の大橋先生から、HORIZONの草野冴月へ。舞台に立つ時は意識して別の人間に切り替える。団長になって3年。ジェンダーレスな独自の世界観を持つ演劇集団として注目を集め、現在、集客のおよそ3分の1は県外からだ。この秋からオリジナル脚本によるボイスドラマの配信にもチャレンジした。演出する時は本名で。「舞台に上がる草野とは距離を置いて、自分の"地"の部分、お客さんの目線で芝居を作りたいから」だ。
「演劇は人生の彩り。無くても生きてはいけますが、無かったら、ただただ、つまらないです」
名前というスイッチで、人生はより色鮮やかになっていく。
いつも心に口ぐせ三つ
「心の中で言っている口ぐせが三つあるんです。一つは"わぁー"で、"あ"は小文字で、後ろにハートか音符が付いている"わぁー♪"です」
静岡デザイン専門学校の校長、久保田香里さんはそう言って楽しそうに笑った。
学生や講師、企業や行政、まちづくりに関わる人など、毎日たくさんの人に会う。超多忙なはずなのに、いつも穏やかで、その笑顔は年齢や立場に関係なく誰にでも平等に向けられている。
「朝、駅まで自転車を走らせながら"わぁ、富士山がきれい"。学校に着いて学生に会って"わぁ、あの子、頑張ってる"。毎日、小さな"わぁー♪"があるんです。仕事は大変ですけれど辛くはない。帰り道はいつも、今日も楽しかったなぁと思いながら電車に揺られています」
とはいえ、時には心無い言動に出くわすことも。そんな時は二つ目の心の口ぐせ、"へぇー"の出番だ。
「"へぇー、そう考える人もいるんだ"とワンクッション置くことで、嫌な出来事を客観視して、自分の中にダイレクトに入れないようにしています。"へぇー"がタイムラグになって、考える時間が取れるんですね。だから本気で腹を立てたり、ショックを受けたりすることはあまり無いんです」
久保田さんは学生にもそれを教えている。
「自信が持てず悩んでいる学生には、"人と比べて落ち込んだら『へぇー、うまい人がいるな』とつぶやいて、青空を見上げながら悩んでごらん"と伝えます。上を向いて暗いことは考えられないですものね」
三つ目は「まぁ、いいか」。これは友人から指摘されて気付いたそう。
「私、言ってる? って聞いたら、いつも言ってるって。瞬間切替スイッチ、自然に使ってましたね(笑)」
久保田校長の三つの口ぐせ、話を聞くだけで心が軽くなってくる。
何をしても、何もしなくても大丈夫
カウンセリングサロン「SHELLY(シェリー)」(静岡市)のイムソネさんは、心理カウンセラー・研修講師として、自身も1歳と5歳の子どもを育てつつ、日々、多くの人の心に寄り添っている。
「今年は新型コロナウイルスの流行もあり、気付かないうちに不安やストレスをためている人も多いのではないでしょうか。一つストレスが入ったら、一つどこかで抜くという作業はとても大切です。正しいストレスケアを知ってもらえたらうれしいですね」
心のセルフケアといっても、難しいことではない。ライフスタイルや優位感覚(視覚、聴覚など五感の中でどれが一番自分にとって優位に働き、満足を実感するか)に合わせて、持続可能なことを日常に取り入れていけばよいそう。無理をして年に数回、リラクゼーションサロンに行くよりも、毎日、四季の自然を感じながら散歩をしたり、植物を育てたり、自分のために入れた一杯のお茶をゆっくり飲むことの方が、ずっと有意義なケアになるそうだ。
「時間と心はリンクしています。たとえ10分でも、朝のコーヒーや寝る前にアロマキャンドルを楽しむことで"ゆとりのある時間を持っている私"という満足感につながり、心のケアになるんですよ」
ソネさんがすすめるのは、意識して"スケジュールの無いスケジュール"を作ること。その日は何もしない日と決め、手帳も白いままに。余白を作ることで心にも余裕が生まれるのだという。
「何をしてもいいし、何もしなくてもいい。楽しんで、幸せそうな自分をイメージすることが、心にとってすごく大事だと思うんです」
それぞれのやり方で、自由にスイッチを切り替えて、心の風通しをよくしていきたい。
取材協力 / 演劇ユニットHORIZON 学校法人静岡理工科大学静岡デザイン専門学校 カウンセリングサロンSHELLY