特集 | 2021.2月号
春を呼ぶ人、笑う人
ワクワクしたい。一緒に笑いたい。「楽しませること」に全力で取り組む人たちの姿は、マスクに隠れて笑顔が見えない日常に暖かな風を運んでくれる。笑顔はきっと、春の呼び鈴だ。
大道芸人の集まる街には日常にお祭りの「ワクワク」がある
あまるさんは、静岡を拠点に活躍する大道芸人。パートナーであるパントマイムのひっきぃさんと一緒に、2015年にスタートした小劇場BAR「あそviva!劇場」(静岡市葵区)の代表でもある。
「遊びをみんなで楽しもう! という気持ちを込めてこの名前にしました。劇場のある場所は、毎年、大道芸ワールドカップの会場になる七間町エリアのすぐ近く。ここにいるなら自分たちも街にはみ出して何かをやろう、それが大道芸人のお役目だと。創業2年目にはもう、おとなしくしていられず、七間町名店街さんの協力を得て劇街ジャンクションというイベントを始めました」
劇街ジャンクションは、七間町の街なかで絵を描いたり、ジャンベ(西アフリカの打楽器)を叩いたり、人形劇をしたりと、集まったパフォーマーやアーティストと、その場に居合わせた人たちが一緒になって何かをしよう、楽しもうという企画。店舗や施設、買い物や遊びに来た人たちを巻き込んで、4年続けてきた大切なイベントだ。
「屋外なので天候に左右されますが、雨が降ってきたら次は何をしてくれるんだろうと、突然の天気ですら楽しんでもらえる見世物になったらいいですね」
演技者だけでなく、観客や街の風景、空模様までが一体となり、その場でパフォーマンスを作り上げていくのが大道芸の魅力。あまるさんは、コロナ禍で中止した演劇やイベント公演の代わりに始めたオリジナルの映像制作にも、即興性や一体感を心掛けている。
「静岡のお客さんは、リアクションこそ派手ではないんですが、楽しみたい、新しいものに触れたいという濃いめの好奇心を内に秘めた人が多い気がします。久しぶりに大道芸を披露すると、終わった後で『待ってたわよ』とわざわざ声を掛けてくださったり。特に昨年はそんな思いを実感する一年でした」
静岡の日常にお祭りのワクワクを。街を舞台に、あまるさんの新しいショーは始まったばかりだ。
座布団の上で「笑い」が弾け、人と人とをフワリと包む
イタリアの音楽用語で低音(バス)の意味を持つ、basso(バッソ)という名の寄席が静岡市駿河区にある。会場となるのは、おしゃれなモデルハウス casa cubu(カーサキューブ)の吹き抜けのリビング。現在は不定期だが、2015年以来ほぼ2カ月に一度、30回以上開催され、「次はこの人を呼んで」とリクエストが絶えないほど、根強い人気を集めている。
代表を務めるのは玉木雄二郎さん。落語の魅力に目覚めたキッカケは、社員旅行の飛行機内で何気なく聴いた寄席のプログラム。イヤホンから流れてきた立川志の輔さんの「しじみ売り」の演目に感動し、思わず涙してしまったという。
「落語ってこういう世界なんだと、その奥深さを知りました。それからはCDを聴き漁り、寄席にも通うようになって。ただ笑うだけじゃなく、人間のずるさや嫌な部分も描く落語の魅力にはまりました。笑いの量では漫才やコントが勝るかもしれませんが、落語でしか味わえない笑いの質があるんですね」
過去に開催した寄席の出演者は、すべて玉木さん自身が寄席へと足を運び、実際に噺(はなし)を聴いてから決めた。出演依頼は基本、メールでのやり取りだが、時には直接、楽屋口まで出向いてお願いすることもあったそう。寄席当日は、会場への送迎なども玉木さんの役割だ。
「ホテルの代わりに、そのまま会場のモデルハウスに泊まっていく落語家さんもいらっしゃいました」
三島市在住で昨年、NHK新人落語大賞を受賞した笑福亭羽光さんや、静岡出身の春風亭朝之助さん、柳屋花いちさんなど落語家との絆も増えた。声色や仕草、身一つの芸で観客の想像力をかき立て、魅了する落語家たちは、その人間性もまた魅力的だと玉木さんは言う。
「素顔に触れて、もっとファンになってしまうんですよ」
笑顔が泡のように弾けた後も、人と人とが笑いという絆でつながっていく。そんな寄席という場を、自分の居場所にできたら幸せだ。
空気の読めないヒロインが「葬儀のドラマ」に笑顔を灯す
「ちゃんと笑えない人が増えているような気がするんですよ。とりあえず笑っておけばいいだろうって感じの、笑顔が仮面になってしまっているような...」
焼津市在住の漫画家、小塚敦子さんは近頃、そんなことを感じるという。キャラクターを作り出し、その表情を描き、行動やエピソードで伝えたいストーリーやテーマを表現する。漫画家という仕事柄、人間観察が欠かせないが、「人が喜怒哀楽を素直に出しにくくなっているのでは」と心配する。
小塚さんが秋田書店発行の女性漫画雑誌「エレガンスイブ」と「フォアミセス」で連載、電子書籍等でも配信中の「おわるうございます」のヒロイン、の芽生(めい)は、それとは真逆の性格。就活に失敗して不本意で葬儀社に勤務するものの、空気を読めない、人の話をよく聞かない、思ったことがすぐ顔に出てしまうという、およそ葬儀の場には不似合いなキャラクターだ。仕事では失敗続きだが、その飾らない行動や言葉でさまざまな事情を抱える遺族の心に寄り添い、癒やしていく姿が読者の共感を集めている。
「芽生ちゃんは天然でちょっと抜けていて、悪気なく言いたいことを言うから、若いんだけどちょっとおばさんっぽいんです。自然にピエロにもなれる。そんな子の方が周囲に気遣い、喜怒哀楽を隠してしまうより、強くて生きやすいのかもしれません」
コロナ禍の影響を受け、漫画の登場人物たちもマスク着用になった。
原稿を描くツールは、ペンと紙からペンタブとモニターに変わったが、笑顔は笑いながら、怒り顔は眉をしかめてと、登場人物の顔を描く時はデビューの頃から変わらずキャラクターと同じ表情をしてしまう。
「絵を描く時の顔は、決して人には見せられません」と小塚さんは笑う。
マスクを取った時、笑顔が仮面にならないように、そこまで来ている春を待ちながら、心の底から笑っていたい。
取材・撮影協力 / あそviva!劇場 寄席バッソ casa SHIZUOKA