特集 | 2017.1月号

アステン特集

今日、わたしを整える。

毎日の暮らしの中で、私たちは簡単に揺り動かされる。誰かが言ったヒトコト、どこかで読んだフレーズに小さなトゲが刺さったままのような心持ちになることが誰でもあるんじゃないだろうか。モヤモヤをリセットして前を向くための、私のスイッチ。それを見つけるにはたぶん、今が一番いいタイミングだ。

クリアになるための私の「聖域」。

 「体を休めるというよりは、頭を休める。その時間を意識して取るようにしています」。そう話すのは、静岡市の心理カウンセラー、笹川倶充さん。好きな香りの入浴剤でゆっくりお風呂に入る。ヘッドマッサージをする。掃除をする。ぐっすり眠る。森の中を散策する。これらは、「もうダメ」とパンクする前に、笹川さんが取るアクション。共通するのは「頭の中を空っぽにすること」だ。
 「大好きな箱根の森へ、多いときで月に2、3回足を運びます。時間がなければ静岡県立美術館近くの遊歩道へ。キラキラする木漏れ日や心地よい風に、気持ちいいな、きれいだな、と感じたり、時には川に足を浸したり。何かを解決しようと考え事をしながらではなく、ただ自然の中で無心になるんです」
 思っている以上に、私たちは他からの影響を受けているし、時には拾わなくていいものを拾ってしまう。今でこそ、ふんわりした笑顔で穏やかに語る笹川さんだが、以前、会社に勤めている頃は、緊張を幾重にもまとって、ピリピリした雰囲気が周囲にも伝わるほどだったという。
 「今思えば、他の人の目や意見を気にしすぎていたんですね。昔の知人に会うと『変わったね!』って言われますよ」
 私は今、何をしたい? 何にワクワクできる? そんなシンプルな課題に立ち返るには、頭をクリアな状態にすること、と笹川さんは気付いた。さしずめ、両手に抱え込んだ荷物をいったん全部下ろして、目の前に延びる道を確かめるように。
 ここに行ったらリセットできる、そんな自分だけの時間や場所を見つけておくだけで、気持ちはずいぶん楽になる。なるべくなら、「誰かから聞いたパワースポット」という選び方より、「何だか居心地がいい」という自分の直感に従ってみて、と笹川さん。
 「自分を大きく飾ろうとせず、そのままでいられる場所。カフェでも海でも、人や物、本でも映画でも音楽でも何でもいい。素の自分に戻れるところで、自分を見つめ直す時間が、誰にでも必要です。頭がクリアになったら、きっと新たな風が吹いてきます」

毎朝のルーティンで一日のスタートを。

 そこに立つと、自然と背筋が伸びる。そんな場、そして時は、ずっと以前から私たちの暮らしの中に根付いてきた。
 吉田町で神棚を製造・販売する「静岡木工」の杉本かづ行さんは、家の中の小さなお社について「丁寧な暮らしのきっかけになるもの」と説明してくれた。
 ひと昔前までは、どの家にも神棚があり、手を合わせる家族の背中を見ていた記憶がある人は多いかもしれない。ライフスタイルや住宅事情が大きく様変わりした今、神棚を備えた家庭は減っているけれど、静岡木工が現代の暮らしに合った新しい神棚を提案し始めた頃から「神棚が気になっていた」という問い合わせが少しずつ増えてきたという。
 「30代ぐらいの女性が『私が神棚を欲しいと思うようになるとは思わなかった。こういうデザインのものなら、部屋に置けるかも』と一人でお見えになったこともありました。それまで縁がなかった神棚に興味を持つ理由やきっかけは人それぞれ異なりますが、女性は特に、厄年におはらいを受け、いただいたお札をどうやって部屋に置けばいいか分からなくて...という方が多い気がします」
 神棚の方角やお札の位置など、昔から伝えられてきたさまざまな決まりや約束事が、あるにはある。でも「それらを正確に守ることが目的ではなく、神棚をしつらえることによって暮らしの中に新しいリズムができることの方に意味があるのでは」と杉本さん。
 「毎朝、水とお米を替えて、サカキを供えてかしわ手を打つ、という一連の流れが生活に組み込まれること、あるいは自分で毎月1日と15日に盛り塩を取り換えると決め、日常に節目を作ることで、変化や気付きを得やすくなる。そういうことだと思います」
 どんなに前日モヤモヤしていても、朝は必ずやってくる。その時、同じことを繰り返す、ある種のルーティンで「うん、今日はいい調子」「今日は何だか気分が重い」と揺れを自覚することは、私たちをリセットへと導くための一つの近道。切り替えるための場と時間が、習慣として暮らしの中にある大切さを、昔の人たちは知っていたのだ。

自分を整える節目として。

 高い木々が生い茂る参道や、しんとした空気は他にはないすがすがしさをもって私たちを迎え入れる。祈るのにふさわしい場所というものが、確かにあるのかもしれない。小國神社の権禰宜(ごんねぎ)、打田雅臣さんは、神社を「感謝と祈りの場所」と表現する。ただそれは、単なる「神頼み」とは少しニュアンスが違う。
 例えば厄年は、私たちの先祖の経験と知恵が積み重なった、統計学のようなもの、と打田さんは言う。
 「日本人にとっての『年』は単なる時間の積み重ねではありません。人生には多くの節目があり、それらを無事に乗り越える難しさを私たちは日々の生活の中から学びます。だからこそ、私たちの先祖は『年』を重ねるごとの喜びをかみしめ、神々に生かされていることへの感謝の念を忘れませんでした」
 女性なら結婚や出産、それに伴って心身や生活に変化が起こること。時代が移り変わったとはいえ、ちょうど厄年に当たる頃は仕事や家族のこと、人との関係が密になってくる年代でもあり、忙しくしたり悩みを抱えたりするのは、今も昔もおそらく変わらない。山あり谷ありの一生を知ることはすなわち、平穏な日常のありがたさを知ることでもある。
 「年の初めに、年回りを意識することで、私たちはおのずと普段の生活を顧みることになります。初詣や厄年のおはらいに訪れる人は多いですが、その時、まずは自分が今ここに生かされていることに感謝すること。その上で、自分自身ではどうにもならない出来事に対して、無事に過ごせるよう祈る。それが、『感謝』と『祈り』です。神々に日々の感謝の心を伝え、自分を律し、整えるための『節目の場』として、私たち日本人が古来より大切にしてきた神社や神棚の存在が改めて注目されているのかもしれません」
 新しい年が始まって、カレンダーもスケジュールもまっさらになった今、私は今年の私を想像し、希望する。明るく軽やかな一年になるように、切り替えて、いいスタートを。

取材・撮影協力 / てらこや千聚 静岡木工 小國神社