特集 | 2017.9月号
一冊と、出合う引力。
趣味は読書です、というほどではなくても、一冊の本が心に深く響く経験をした人は多いのではないだろうか。表紙の美しさに引かれたり、主人公の生きざまに一歩踏み出す勇気をもらったり、たった一行のセリフに、身が震えるほどの共感を覚えることもある。この世に星の数ほどある本の中から一冊に巡り合うのは、奇跡なのかもしれない。
本とのつながりを、橋渡し。
「読書はもともと個人的なもの。作者と読者のつながりを橋渡しするのが書店です」。そう話すのは、マルサン書店仲見世店(沼津市)の小川誠一さん。2012年から始まった「静岡書店大賞」、その6回目となる今年の事務局を務めている。
静岡書店大賞は、県内の書店員や図書館員が1年間に出た新刊本の中から読者にお薦めしたい本を選び投票。小説部門、児童書・新作部門、児童書・名作部門、映像化したい文庫部門からそれぞれ大賞が選ばれる。
食の好みが人によって違うように、本の好みも十人十色。得票数で選ばれる大賞だけれど、それは本を知ってもらうための小さなきっかけに過ぎない。本当は「この人ならこの本が気に入るはず」「この新刊は、あの人に薦めたい」という風に、それぞれの好みを考えて選びたいし、「自分も読んで感動した本は、レジでお客さまに『これ、すごく面白かったですよ! 』と話しかけそうになる」と小川さんは言う。
今やインターネットで調べればすぐさま情報にも品物にもたどり着けるけれど、ただ「情報を記した何か」ではなく、手触りも重みもある「本」というものを介して何かが伝わること、目の前の誰かの言葉が本と人を結びつけること、その引力を信じる人は少なくない。
12月の表彰式で発表される本は「この本面白いからぜひ読んでみて! 」という書店員たちの声だ。そして表彰されない部分にも「実は、他にも面白い本があるんですよ」という思いが詰まっていることに、想像を巡らせてみてほしい。
新たな本と出合うための仕掛け。
「いつも読んでいる本」からもう一歩踏み出して、違う世界を知ってほしい。島田図書館が3年前から年始に用意している「本の福袋」は、そんな思いをカタチにした仕掛けの一つだ。職員28人が猫や旅、ファッションなどテーマを決め、それに合った2冊を選ぶ。パッケージにも凝った福袋は一人一つ限定にもかかわらず、年明け初日の午前中には全て借りられてしまうほど好評だ。
ベストセラーはめったに入れない。43万冊の蔵書から、普段あまり手に取られないけれど、ぜひ知ってほしい本にスポットライトを当てるのも一つの目的だからだ。
「借りるまで開けられないから、どんな本が入っているかは帰ってからのお楽しみ。ワクワクしながら手に取っていただいています」と永井里子さん。山田千尋さんも「福袋をきっかけに、『面白かったから、この作者の別の本を』と借りていく人も多いですね」と話す。
普段から図書館のカウンターには「こういう本を探してほしい」と相談が寄せられるが、「もしかしたらまったく想像もしない棚に、その人の求めている本との出合いが隠れているかもしれない」(永井さん)
今年のラッキー本が記された「図書館おみくじ」も、子どもが持ってきたお気に入りのぬいぐるみが、夜のうちに持ち主のための一冊を選んでくれる「ぬいぐるみのお泊り会」も、本と出合うための遊び心にあふれた仕掛け。別の扉を開けてみたら、思いがけず美しい景色が広がっていた、そんな心躍る出合いが、本の森にはまだたくさんある。
本は巡る、人から人へ。
「店主」が段ボール一箱分の古本を持って販売する「一箱古本市」。東京の谷中・根津・千駄木から始まった「不忍ブックストリートの一箱古本市」が全国に広まり、静岡でも開催されている。北街道沿いで行われるマルシェ「鷹の市・駿府市」に合わせた「しずおか一箱古本市」には、マルシェに訪れた人も足を止める。古書店「水曜文庫」の市原健太さんは、本好きの仲間と共に第1回から運営に携わっている。店主はみな無類の本好きで、限られたスペースに好きな本を厳選して一箱を作る。客は自分好みの箱を見つける面白さがある。何より、店主と客との間で、本について話が弾むのが楽しい、と市原さん。「本のリサイクルではなく、本好きがつながって次に読んでくれる人に渡すという感じです」
各地の一箱古本市に行ってその楽しさを知り、自らもしずおか一箱古本市に出店している稲森沙織さんもその一人だ。本が大好きで、好きだからこそ「手持ちの本を手放す、売る」ことに当初は抵抗があったという。だが、各地の一箱古本市に足を運び、何人もの"本好きの人々"と言葉を交わすうち、その考えは少しずつ変わっていった。
「自分の手元に置いておいたままだと、私一人だけのものだけど、誰かの手に渡り、同じように誰かが『面白かったよ』とまた違う誰かに手渡したら、一冊の本が果てしなくつながっていく。本も旅をするんだな、と思うとワクワクして」
もしかしたら誰かが静岡で買ったこの本が、いつか北海道で読まれているかもしれない。マンションの一室で古書店「枇杷舎」を始めたのも、自分が大好きな本を、一冊ずつ丁寧に手渡して、誰かに伝わっていけば...との思いからだ。何もかも速足で過ぎていく時代にあって、「いつか、どこかで」を信じるスピードは、どこまでも緩やかで、本のチカラを信じる明るさがある。
それにしても本好きな人は、どうしてそれを人に薦めたくなるんだろう? そんな問いに、稲森さんはこう答えてくれた。
「本が好きな人は誰でも、きっかけの一冊があると思うんです。あるお客さまに、こう言われたことがあります。その本に出合ったときは、書店や図書館までの道のりや景色、気温、自分の心の高ぶりなどを覚えていて、それら全部が、その人のストーリーなんだ、って。ここにある本が誰かにとってきっかけの一冊になって、そこからその人のストーリーが生まれるなんて、すてきですよね」
次回のしずおか一箱古本市は11月25日。ドラマのような出合いが、箱の中でひっそりと待っている。
かわいい本には旅を。「RINGBUNKO」
大好きな本を誰かに届けたい。そんな思いから静岡市の雑貨店TENYNEO(テニーネオ)が「RINGBUNKO」を始めた。登録した「古書バイヤー」が、3冊古本を持ち込み、どんなところが面白いのか、心引かれるのか、キャッチコピーを書いて、タイトルや著書を隠したままリングノートに加工して販売。キャッチコピーだけを頼りに、今まで知らなかった本に出合ってもらおうというシステム。貸出カードも付いているので、買った人が誰かに貸すこともできる。誰かの思いを手掛かりに、本がどんどんつながっていく。
取材・撮影協力 / 静岡書店大賞事務局 島田市図書館 水曜文庫 枇杷舎 TENYNEO