特集 | 2017.3月号

アステン特集

春は靴に乗って。

新しい靴を履くと、新しい風に吹かれたくなる。いつもと違う街角を曲がり、初めて出合う扉を開けて。おろしたての春の靴は、私たちを「その先」へと運ぶ片道切符だ。

捨てられてしまう花に、いのちを吹き込む靴。

 シンデレラの靴のようなガラスの扉の向こうで私たちを待つのは、世界を舞台に活躍するアーティスト、高橋信雅さんが即興で描いたちょっと不思議な壁画と、思わず天井をじーっと見上げたくなる、クールでロマンティックなシャンデリア、そしてオーナーの太田宗哉さんが集めたオブジェのように美しい靴たち。quasi(クワズィー)=「似て非なるもの」という名を持つ、全国でも珍しい靴のセレクトショップは、足元だけでなく、私たちの五感をまるごとブラッシュアップしてくれるすがすがしい空間だ。
 「似合う、似合わないは、他人ではなく自分が決めること。トレンドや年齢に縛られず、自由に、自分が好きだと思う靴を選んでほしい」と、太田さんが地元、静岡市の鷹匠に店をオープンしたのは3年前。今では県外からも靴を愛する人たちが、ここにしかない一足を探しに訪れる。
 太田さんが靴をセレクトする基準は、デザインとその履き心地。そしてクオリティーに見合う、本当の意味でリーズナブルな価格であること。
 「ここにある靴は皆、思いを込めて丁寧に作られた物ばかりです。お客さまがこの店を居心地がいいと言ってくださるのは、そんな靴たちがいいオーラを出してくれているからではないでしょうか」と太田さんは笑う。
 太田さんが今、おすすめする春靴は、MABATAKI美雨という男女二人の靴デザイナーによるブランド。花屋さん等で廃棄されるはずだった花をドライフラワーとして再生させ、靴のヒールに添えた「雫(しずく)」等、人や環境を尊重する思いと、作り手のみずみずしい感性が伝わる靴だ。太田さんが選ぶ美しい靴たちの向こう側には、私たちの知らない新しい世界が広がっている。

履いて、愛して、自分だけの靴になる。

 「仕事はもちろんプライベートでも、ここの靴ばかり履いています。軽くて歩きやすく、立ち仕事でも疲れにくいんですよ」と、クリムトの店舗スタッフの長﨑雅美さん。靴が大好きで、以前はハイヒールのパンプスを何足もコレクションしていたそうだが、今は自社の牛革のスリッポンが一番のヘビーローテーションだ。
 クリムトは静岡市駿河区馬渕の靴メーカー、矢沢の直営店。本社・靴工場のすぐ隣に、童話に出てくる「靴屋さん」のイメージそのままの、白壁で一戸建ての店舗を構えている。元々は月に何度かサンプル商品やアウトレット品を格安で販売していただけだったが、質の高い革の靴が市価より安く買えると評判を呼び、今のような常設の店となった。
 パンプス、サンダル、スニーカーとさまざまなアイテムが並ぶ店内で、クリムトの顔ともいえる人気の定番商品が、長﨑さんも愛用中のスリッポンやデザートブーツ。足全体を柔らかく包み込む牛革の心地よさと、エイジレスなかわいいデザイン。「たくさん歩く日や旅の靴はクリムトに決めている」という根強いファンも多く、この春もワニ柄型押しの白など、素材違いの新作が店頭に並ぶ。
 「革の靴は、きちんとメンテナンスをすれば長く履き続けることができます。時々、お客さまから、何年も前に購入されたというクリムトの靴を見せていただくのですが、どの靴もその人らしい味になっていてすてきなんですよ」と長﨑さん。
 履くほどに風合いが増す上質な革の靴を、手頃な価格で手に入れ、日常使いに。こんなぜいたくができる静岡女性の靴ライフは、実はかなり恵まれているのかもしれない。

一期一会から生まれる、「女子と下駄」との優しい関係。

 下駄は和服の時に履くもの。鼻緒がきつく、歩きにくそう...。そんな先入観を吹き飛ばしてしまうのが、静岡市葵区に本社を置く履物メーカー、水鳥工業「げたのみずとり」の下駄たち。柔らかな鼻緒と、素足にフィットする天然木の感触、ヒールのあるフォルムは、デニムやスカートにも合う新しいファッションアイテムとして注目されている。
 「木肌に足が触れた時の滑らかな心地よさは、他の履物では決して味わえない、五感に届く満足感です」とその魅力を語るのは、同社で新商品の企画、開発から営業までマルチに活躍する島田文美さん。七間町のショールームから、「女子と下駄」の新しい暮らしをテーマにした「下駄ムスメ」のコンセプトを、ブログやSNSを通じて日々、発信している。ショールームに飾ったポスターのイラストも自作だ。
 そんな島田さんが企画から手掛けたという自慢のわが子のような商品が、静岡産のヒノキを使った伝統的な下駄のカタチにクッション性の高いヒールをプラスして、かわいさと歩きやすさを追求したSHIKIBUシリーズ。
 「自然の木目は一つ一つ皆、違います。世界に一つだけの自分の下駄との一期一会を楽しんでほしいですね」
 鼻緒は、SHIKIBUをはじめ各シリーズごとに、京都の「乙女文化」発信クリエーターとして知られるkoha*、小倉織の縞縞(しましま)、岩手県大槌町の女性たちが手がける大槌復興刺し子など、島田さんのアンテナがキャッチした日本各地のテキスタイル作家たちの作品を採用。こちらも、静岡の下駄と全国の伝統工芸との「一期一会」によって、下駄ムスメという新しい文化が世界へと羽ばたき始めている。

きちんと足に合ったスニーカーが相棒なら、どこまでだって行ける。

 スニーカーカフェ マグフォリアは、ビンテージスニーカーのマニアとして全国に知られる山田隆也さんが、生まれ育った町、藤枝市に2008年、オープンした古着とスニーカーの店。店内に喫茶スペースがあるわけではないが、古着や音楽など好きなものを共有する人たちが自然と集まり、山田さんを中心にカフェのようなコミュニケーションの場が生まれた。
 マグフォリアのお客さんが、知識豊富な山田さんから最初に受ける洗礼が、スニーカーの正しいフィッティングについて。山田さんによると、大多数の人が足に合わない小さなスニーカーを履いているという。
 「靴底の屈曲部(靴を横向きに両手で持ち、上下に曲げた時に1カ所だけ曲がる部分)と、自分の足裏の屈曲部をぴったりと合わせることが基本です。正しくフィッティングすると、ほとんどの人がいつもより1~2cmは大きいスニーカーを選ぶことになります」
 最初は爪先の遊びに違和感があっても、ひもをきちんと結び足にフィットさせれば、履き心地は小さい物より快適で、足の疲れ方も全然、違うという。
 以前はスニーカーに興味がなかったというパートナーの由季さんも、今ではイタリアンブランドのディアドラや80年代のアメリカ製コンバースを、大きめサイズでおしゃれに履きこなす。
 「それまでは正直、ビンテージのスニーカーに抵抗があったけれど、この店の物は状態がいいので全然、気にならなくなりました。むしろコンバースは、尖った爪先も色も履き心地も、古い物の方が断然、かわいい。気に入ったデザインでサイズが合う物を見つけたら、それはもう奇跡の出合いです」(由季さん)
 巡り合えたスニーカーと長く付き合うために、防水スプレーは必需品。山田さんのおすすめは撥水機能に優れた日本製のMARQUEE PLAYERのスプレー。お気に入りの一足は、手入れをして大切に履くのがマグフォリアスタイルだ。
 幸せの予感は足元から。出会いの季節が始まる3月の街で、春を呼ぶ一足を見つけたい。

取材・撮影協力 / quasi  kLIMT  mizutori  sneaker-cafe Magforlia

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