特集 | 2018.9月号

アステン特集

あなたの世界は何色ですか?

一人一人がキャンバスの上に描き出す生き方は白と黒の2色では割り切れない無限のグラデーションがある。「多様性」という言葉を使うまでもなく私たちの住む世界は想像以上に彩り豊か。その色に気付いてみることからまずは始めてみたい。

あふれる色。ときどきモノクローム。

 白い画用紙を前にして、好きに描いていいと言われたら、何色を手に取るだろうか。
 静岡市の細澤奈奈さんは、まず画用紙を縦にするか横にするかを決め、その日の気分で絵の具を選ぶ。明るい色を何色も使う時もあれば、白と黒で描く日もある。迷いもてらいもない筆運びで、すべるように、跳ねるように、一気に描き上げる。文字のように見えたり、海の波や花畑のようだったり。大いにイメージをかき立てられる抽象画の数々は、バンダナの図柄に使われたり、CDジャケットに採用されたりするなど、魅了される人は少なくない。
 「その日の気持ちや心を、体で表現しているんだと思います」と、母親の弥生さんは話す。長年、奈奈さんのそばで制作を見守ってきた弥生さんにとって、そう思えるようになるまでには時間がかかったという。
 もうすぐ年中さんになるという年の3月に、奈奈さんはインフルエンザ脳症にかかった。「1日にして全てが変わってしまった」その日からも、折に触れ、絵の具遊びを続けていたが、描きためた絵が作品として家族以外の目に触れたのは最近のことだ。絵の指導をしている山下博己さんが「個展をしましょう」と勧めたのがきっかけだった。
 「個展なんてできるんだろうかと不安だった」というが、描いたのがどんな人かを知らなくても「いい絵だね」と言ってくれる、その声が弥生さんの自信になった。「この絵が誰かの暮らしを彩るかもしれない、と知って、私自身、絵の魅力にあらためて気付いたんです」
 「障害がある子が描いた絵、という前提ではなく、まずは絵を見てほしい。そういう情報は後から分かる形でいい」と弥生さんは思う。奈奈さんの創作を支える山下さんも「障害がある人の誰もが絵を描けるわけではない。絵の具を選び、勢いのある線を描けるのは奈奈さんの才能だと思います」
 奈奈さんの見る世界は驚くほどたくさんの色にあふれている。そして私たちは、絵を通してその世界を垣間見ている。

真っ白なキャンパスに夢を描く。

 土曜日の公民館に子どもたちの声が響く。「多文化共生を考える焼津市民の会・いちご」が主催する「放課後ひろば」。勉強会には、おもに近隣に住むフィリピン国籍の子どもたちが通う。勉強を教えるのは、市民のボランティアや大学生、高校生たちだ。
 水産加工業が盛んな焼津はもともと外国人労働者が多かった。今、もっとも多数を占めるのはフィリピン国籍の人たち。私たちが日々食べているコンビニの弁当や総菜の多くが、そういった人たちの手で作られる。その背景にあるのは、家族とともに来日し、言葉の分からない中で暮らすことになった子どもたちの存在だ。学校に通い、勉強や宿題をしたくても、言葉が壁になってなかなか定着しない。大家族のコミュニティーで暮らす子どもたちは、どうしても日本語の習得が遅く、行政が支援体制を整えている間にも、子どもたちはどんどん成長していく。
 「市民のサポートが入ることは子どもたちにとってもいいことだと思います」と静岡県立大学国際関係学部の准教授、高畑幸さんは話す。
 ただ、それは「かわいそうな外国籍の子どもを支援する」という構図にとどまるものではないことを記しておきたい。違う文化に学び、溶け込み、バックグラウンドを自分の強みとして日本に生きる子どもたちが育ち始めている。彼らは今まで「いなかった」のではなく、多文化共生というキーワードのもとに、私たちがようやく目を向けるようになったに過ぎない。そして、彼らとの関わりが、日本の若い世代にとっていいベクトルとして作用していることも。
 「言葉や日本の文化を勉強する環境を整えることで、多言語と多文化を理解できるグローバルな人材として、自分の夢を持つことができる。そんな子どもたちが実際に社会で活躍し始めています。支援する側とされる側、という立ち位置ではなく、協力し合う仲間であり、高め合うライバルになる、そういう時代が始まっています」

目に見えない虹色を探す。

 「LGBT」というキーワードがメディアで多く聞かれるようになり、男性と女性という二つだけの性ではなく、もっと複雑で幅広いセクシュアリティーがあることが、知られるようになってきた。ただ、「LGBTといっても4種類のセクシュアリティーがあるということではなく、まだ知られていないセクシュアリティーもある。交流会では当事者たちからも『自分とは違う価値観の当事者に初めて会った』という声が上がりました」。LGBTしずおか研究会の代表、細川知子さんはそう説明する。
 細川さん自身は当事者ではなく、研究会は支援団体でも自助グループでもない。純粋に「いろんな価値観や生き方がある、それをもっと知りたい」という思いから2013年に発足させ、以来、当事者はもちろんそうでない人たちとも、語り合える場を設けている。
 会を通じて実際にロールモデルに会って情報交換をしたり、悩みを共有したりできるといったことはあるにせよ「ほとんどの部分はセクシュアリティーはあまり関係ない」と当事者のAさんはいう。この人は釣りが趣味。この人はこんな仕事をしていて、彼はどんな音楽を聴いている―。要するに、ごく当たり前の日常の風景。
 「LGBTというと性のことだけがクローズアップされるけれど、それがその人のすべてではなく、人生のほんの一部。それ以前に、誰かの子どもだったり恋人だったり、会社員だったりするし、恋愛や就職の話で笑ったり悩んだりする。それが普通だと思うんです」
 ともすれば、センシティブな話題だからと身構えてしまいがちだけれど、あくまでも人と人。「相手が誰であれ、知らない人同士が会うときは、少しずつ距離を縮めていくものですよね。最低限の距離感と礼儀は、誰にも共通するもの」と細川さんは言う。ただ、LGBTについて講演や勉強会を頼まれる回数が増えるほど、「多様性」という言葉の限界を感じずにはいられない、とも。
 「本来、多様性とは無限で、自分が見えている世界以外の、違う世界を指すはずなのに、多様性と言えば言うほど、多様性という枠にカテゴライズされて、イメージしにくいものは多様性という箱からこぼれている気がする」

 

七色の虹は実際は、目には見えない色が合わさって成り立っている。見えない色の存在へ、目を凝らしてみること。それを忘れないこと。きっと世界はもっと広くて明るい。

取材・撮影協力 / Ouchi Gallery nana 多文化共生を考える焼津市民の会・いちご LGBTしずおか研究会

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