特集 | 2021.1月号

アステン特集

明日に架けるSL

茶畑に汽笛を轟かせ、昭和の車体を走らせる大井川鉄道の蒸気機関車(SL)。ノスタルジーのバトンは、新しい世代にも受け継がれていく。明日に架けるSLと人びとの物語。

ノスタルジーをつなぐ

 がたんごとん、がたんごとん。汽車の大きな揺れに身を委ねていると、車掌室から郷愁を誘うハーモニカの音色が聞こえてきた。曲は定番の「汽車ポッポ」。ぼんやり白く煙る車窓の向こうには、一面の茶畑が広がる。演奏が終わると、客車からは拍手が湧き起こった。
 ハーモニカを演奏していたのは上村詩恵(うえむら しえ)さん。この秋、「SLおねえさん」ことSL専務車掌に就任した。昨年、長年勤めてきた70代のSLおじさん・おばさんが勇退したため、SLおにいさん・おねえさんが誕生。上村さんはバトンを受け取った一人だ。これまでも奥大井の渓谷を走る井川線の車掌として乗務していたが、晴れてSLの「顔」に抜てきされた。
 乗客を喜ばせるためなら努力を惜しまない。独学でハーモニカを習得し、曲のレパートリーを増やしてきた。終点まで続くガイドの台本も自作だ。勉強がてら、休みの日に沿線の食べ歩きをすることも。「私のガイドはアドリブが多いから完成しないんです。初めての方にもリピーターの方にも、その時を楽しんでもらいたいので、毎回進化しています」
 新駅「門出」の誕生や五和駅の「合格」への改称など、大井川鉄道は大きな一歩を踏み出した。これからは昭和を知らない世代にも、ノスタルジーを伝えていく。「若い人には映画の世界のような非日常を感じてほしいです。インスタ映えするスポットを、タイミング良く伝えるようにも意識しています。地元の人にもっと利用してもらいたいですね。午前中にSLから見る塩郷ダムの水面は、エメラルドグリーンで最高ですよ」

山の恵みをつなぐ

 門出駅から10分ほど歩いた線路沿いに、古谷明代さんが営むレストラン「食堂カフェ 樵(きこり)」(島田市横岡)がある。結婚を機に愛知県から移住した古谷さんは6年前、大きな桜の木とSLが眺められる場所に店を構えた。時計代わりに列車の音を聞く、穏やかな日常がここにはある。
 古谷さんが腕を振るうのは、鹿肉などのジビエ料理だ。「きこり」を生業とする夫と義父が山で捕らえてくる。新鮮な肉を使っているので、癖が少ないのが特徴。主な狩猟場は井川線の終点井川駅の奥の奥にある南アルプス。オオカミを失った山では、深刻な生態系の崩壊が起き、森林を荒らす鹿を捕らえざるを得ない状況にあるという。このままでは車窓から望む山の景色も、姿を変えてしまう可能性があるという。「増えすぎた鹿は生きるために新芽を食べるので、新芽を食べられた木は成長できなくなって山の生態系が崩れます。自然は全てつながっているんです」
 昔からの人びとの丁寧な暮らしが、自然の循環を守ってきたと古谷さんは考える。「地元の安全なものを地元で食べ、いいものをいいと感じられる地域でいられたらいいなって思います。食材の奥にある自然の営みと、山の恵みをいただく感謝の気持ちを、ちょっとでもここで感じてもらえたらうれしいです」

優しさをつなぐ

 通称「日本一短いトンネル」で知られる川根本町・地名駅。通過するSLに向かって、大きな手を振るのは、駅前にたたずむ農家民宿「古(いにしえ)の風」のオーナー、猪又克弥さん、恭子さん夫妻だ。この地に惚れ込んで兵庫県から移住し、民宿とキャンプ場を営んでいる。
 民宿は縁側と囲炉裏のある築92年の古民家。庭先には畑があり、宿泊客は自分で収穫して調理の一部を体験できる。当初は「ジャングルだった」という駅前の土地と建物をすっかりリノベーションし、2017年10月に1日1組限定の民宿として出発した。
 県中部で最も高齢化率が高い町に新風が吹いた。地域は猪又さん夫妻を歓迎した。「地域との関係が大変だろうなって、ある程度は覚悟していたんです。ところがここはいい人ばっかりで。最初の家探しから畑の作り方、猪の仕入れ先まで、全部地元の人に教えてもらっています。お世話になりっぱなしで感謝してもしきれない」と夫妻は口をそろえる。
 大井川鉄道の景観には欠かせない茶畑が広がる地域だが、後継者不足で荒廃した畑も目立ってきた。「このままでは5年先、10年先の景観が変わってしまうのでは」と克弥さんは危惧する。地域への恩返しとして、地元の産業を引き継ぐ移住者の手伝いができればと考えている。「この土地を盛り上げる人を増やしたいです。私たちが移住する時に助けてもらったように、いい方向へ導くお手伝いができたらいいですね」
 克弥さんのお気に入りは、宿の目の前にある地名駅の踏切音。よくある電子音ではなく「ゴング式踏切」。カンカーン、カカンカンと不規則な鐘の音が鳴る。そんなのらりくらりとした愛しいほどの緩やかさが、地域の魅力であり、未来へつないでいきたいことだと考えている。

取材・撮影協力 / 大井川鉄道 食堂カフェ 樵 kikori 古の風 

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