特集 | 2020.3月号

アステン特集

大人のおあつらえ

好きな色に染めたり、家紋を入れたり、素材を選んだり。日本には衣や小物をあつらえる文化がある。大人の品格を一段上げるためのおあつらえ。

風呂敷で真心を包む

 年を重ねるほど、冠婚葬祭や行事に出席する機会は増える。どんな時も動じることなく振る舞いたい。そんなシーンで心強さをもたらしてくれるのがきちんとした道具や装いだ。
 「特別な訪問だけでなく、何でもない時も風呂敷に包んでお土産を持って行けたら格好いいですよね」と話すのは松坂屋静岡店(葵区御幸町)、和ぎゃらりい担当の櫻井恵子さん。例えば菓子折りを渡す時。紙袋ごと手渡すのではなく、家紋入りの風呂敷から手際良く取り出し、両手を添えて差し出せたら。きっと相手への印象は違ってくる。
 包む文化の起源は、奈良時代にさかのぼるという。物を包むことは、結ぶ、抱える、解く、広げるといった行為へとつながる。日本らしい奥ゆかしさと真心が詰まっているのだ。風呂敷という言葉が生まれたのは江戸時代。「当時流行していた銭湯へ行く時、家紋入りの風呂敷に着替えを包んで持ち運んだことから、こう呼ばれるようになったそうです」と櫻井さんは教えてくれた。その後も嫁入り道具の布団包みや結納品包みとして、昭和の中頃まで必需品とされた。
 現在は一家に1枚あるかないか。最も身近な例は、祝儀などを入れるふくさではないだろうか。今は差し込み式の簡易型が一般的だけれど、正式には名入りの小風呂敷で、祝儀を乗せた切手盆を包む。「結婚のお祝いを包む時は、結び目を作らない平包みという方法で包みます。"結びを解かないように"という意味です」。こうした作法の随所に、日本の美意識が宿る。
 実は、風呂敷を必要とするシーンは案外多い。冠婚葬祭や卒入学式のサブバックとして、紙袋を代用している人も多く見掛けるが、「そういう時は風呂敷を使って」と櫻井さん。せっかくなら名入りを何枚かあつらえておきたい。よほど珍しい名前でなければ、金銭的にも時間的にもそんなに負担はかからないという。「まずは慶弔で使える紫色の無地に名入れするのがおすすめです。季節ごとの柄物をそろえるのも楽しいです

似合う着物で自分を知る

 "あつらえる"というと、着物を思い浮かべる人も多いかもしれない。年齢や体型を問わず、フォーマルからカジュアルまで幅広い選択肢がある優れた伝統衣装だ。1、2世代前はあつらえるのが当たり前だったけれど、今はレンタル派も多い。
 「その時限りのレンタルより、自分のためにあつらえた着物は喜びが違いますし、自信につながります。30~40代になってから自分のために、とお求めになる方も多いですよ」と教えてくれたのは創業100年を超える老舗「ゑびすや呉服店」(島田市大井町)の大石尚美さん。
 「絹生地に染められた多彩な日本の色、奥深い文様の数々は、お洋服とは違う意外な魅力を引き出してくれますよ」
 種類や着こなし方のバリエーションが豊富なため、一度その魅力を知るととりこになる人も多い。高橋周(あまね)さんもその一人。社会人になってから大石さんの店で着付けを習い、今では友人との食事や旅行も着物で出掛けるほどになった。「同じ着物でも帯や帯締めで雰囲気が変わるので楽しいです。自分に似合う着物を知るということは、今の自分を知ることでもあると思うんです」と奥深さを語る。自然と背筋がピンと伸び、着物に見合う立ち振る舞いも心掛けるようになった。
 呉服店の棚にずらりと並ぶ反物から選ぶのも楽しいが、白生地から好きな色に染める完全オーダーメードもできる。鈴木直子さんは子どもが小学1年の頃、白生地から染める家紋入りの色無地をあつらえた。「成人式の振袖を選ぶ感覚とは違って、主役の息子を引き立てるような着物を作りたかったんです」と鈴木さん。まず一目ぼれで帯から選んだ。「お気に入りの帯が映えるかっこいい色、顔映りのいい色を探しました」。たくさん悩んでたどり着いた色は、淡い焦げ茶色。人生を重ねたからこそ選べる色や柄もある。それもまた、あつらえることの醍醐味(だいごみ)なのだ。

人生の節目に立ち合う印鑑

 大人が用意しておきたいアイテムの一つが、手彫りの印鑑だ。近年、ペーパーレス化の流れから需要は減りつつあるけれど、日本の文化として深く根付いている。社会的地位が上がるにつれ、きちんとした印鑑が求められる機会は増える。いざという時に登場した印鑑が貧相では台無しだ。どこでも売っている三文判を実印として使い続けると、他人と被ってトラブルになるケースも。ずっと使える手彫りの印鑑を備えておきたい。
 明治の頃から静岡の人々の名前を彫ってきた「吉田印章堂」(葵区呉服町)。3代目の吉田博史さんは、小さな印鑑がもたらす数々のドラマを見てきた。「親から子へ、その次の世代も親から子へ、という方は多いです。親が大切に使っていた象牙を削って彫り直したいという人もいらっしゃいました」と話す。祖母から孫へ、父から娘へ、夫から妻へなど、特別な贈り物としても選ばれてきた。
 高級印鑑と言えば象牙だが、素材の選び方や大きさの意味も心得ておきたい。まず素材。硬くて丈夫な象牙は、真っ白に漂白されていないアイボリーで目が細かい物が上等品。女性に人気の白水牛は、中心に小さい芯があって斑が少ないほど高価になる。長さは60㎜が一般的だが、一流の印鑑は45㎜と大人の手に対しては小ぶりだ。「小さいと片手で押すには不便です。あえて小さく作ることで、両手で丁寧に押すことになる。それが一流であるゆえんです」と吉田さん。また、一流の印鑑には前後の印がない。重要な契約書に判を押す時、印鑑の前後を目で確認することでひと呼吸置く時間を与える。勢いで押してしまわないように、という配慮が込められているのだ。「持つ人の人生の節目に立ち合うのが印鑑なんです」

 時間をかけて選び、自分のために仕上げてもらった品々は、使いこなすほどに自信をもたらしてくれる。手にするたびに、大人としての振る舞いが試されるからかもしれない。

取材協力 / 松坂屋静岡店 TEL.054-254-1111 ゑびすや呉服店 TEL.0547-35-2446 吉田印章堂 TEL.054-253-3145

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