特集 | 2020.7月号

アステン特集

一周回って新しいもの

変わっていく時代の中で、変わらないものがいとおしい。今だから生まれる、古いものとの新しい物語。

 

フィルムカメラでしか焼き付けられない記憶

 「フィルムカメラで撮った写真はデジカメと比べて色の情報量が多いですよね」と話すのは、生粋のデジカメ世代の新村沙樹さん。「デジタル信号になりきらない色が見えて、空気も撮れる感じがあります」
 デジカメやスマホで撮る写真はあくまで「データ」だ。誰かに写真をあげる時も普通はデータを送信するだけ。だから写真を紙に焼くという、フィルムカメラに欠かせない行為が新村さんにとって新鮮だった。「紙にプリントしておけば気に入ったものを壁に飾れるし、うまく撮れたら相手に記念にプレゼントしたりもできる。紙に残すと見る機会も増えますよね。データでなく『作品』になる感じがします」
 学生時代は父から譲られたデジタル一眼レフでバンド仲間や家族を撮っていた新村さんがフィルムカメラの世界に触れたきっかけは、静岡に戻って広告会社に入社した頃にリバイバルブームになった使い切りのフィルムカメラ。写真をプリントする面白さに目覚め、デジカメの写真を印画紙に焼くようになると、自然とフィルム式の一眼レフにも興味が広がった。「以前は、はまると"沼"だと思って避けていたんですけど(笑)」、フィルムカメラのワークショップに参加したのを機に、それほど手に負えない機械ではないと気付き、中古を買った。
 「絶対に失敗できない写真は後で修正もしやすいデジカメで撮るけれど、今日は自分にとって大切な日になるという日にはフィルムカメラ。友達の結婚式などはドレスを着て首から一眼レフを2台提げて出かけますよ(笑)。そこまでやったかいがあるんです」。とっておきの一枚を撮るために、アングルを考えポーズを決めて手動でピントを合わせてと、撮る前後の手間暇も思い出になるのだという。現像するまでどう撮れたのか分からないワクワク感も、楽しい時間だ。
 「SNS映えを狙いたいからとか、人に見せたいから撮るというより、この光景を残したいという気持ちが強いです。楽しかった旅行も、一緒に行った友達の表情も残したい。一番撮りたいのは友達や家族かもしれません」

 

この世界で起こったことをLPレコードで聴き返す

 1クリックで楽曲がダウンロードできるこの時代に、音楽を手触り感のある形にとどめている、LPレコード。ダンサーの海野ひとみさんは2年ほど前にDJを始めてからレコードの世界にはまった。「外出自粛の期間には、今日はゆっくりレコードを聴く日、という時間ができました。CDや音楽配信だとやらないと思います」。静岡の繁華街を見晴らすアトリエで丁寧に盤を拭いて針を落とし、耳を澄ませながら絵を描く。ぜいたくな時間だ。
 「普段いろいろな音楽に触れる中から一生聴きたいと思うアルバムだけを厳選してレコードで残しています。今この曲を聴いている自分を、50年後にも聴き返して思い出せるように」。海野さんのLPコレクションは自身の日記のようなもの。高値で取引される名盤より、今自分が聴いている音楽を大事にしている。ジャンルも大好きなヒップホップ系から松任谷由実までさまざまだ。
 独特の音質も好きだけれど、大きなジャケットもLPレコードの良さ。「お店などで初めて出合う楽曲は、アーティスト名よりジャケットデザインの方が覚えやすい」と海野さん。印象に残ったジャケットに後日レコードショップで偶然"再会"する楽しさもある。「CDジャケットには載っていない参加アーティスト名が書かれていることも。詳しい解説もあって、音楽の世界と向き合える気がします」
 そんな海野さんが「地震の時は非常持出袋にも入れる、お守りみたいな一枚」と勧めてくれたLPレコードは、ケンドリック・ラマーの「To Pimp A Butterfly」。「アメリカの現状を伝える、すごいアルバム。人種問題に立ち向かっている黒人社会のパワーを感じます。こうやって音楽が生まれた背景と関連付けて聴くのが面白い。おかげでアメリカ史の本も読むようになって、知らなかった世界が広がりました。いつかこのアルバムを『当時は大変だったけど今は平和になったね』と思いながら聴き返せたらいいなと思います」

 

一つ一つに物語がある昭和の台所道具

 古くて新しいものといえば、昔ながらの台所道具も。静岡市の中心街で戦後から続くSUGIZEN金物店の姉妹、杉山真理さんと柴山綾さんは、時代を超えて生き残ってきたタフな台所道具たちに囲まれて育った。
 例えば「文化鍋」。肉厚のアルミニウム合金製で、鍋の縁がふたより少し高くなったこの鍋は、ごはんをふっくら炊き上げる。「ブクブクしてきたら弱火で15分ほど。早いし、本当においしいんです!」と姉妹は口をそろえる。「圧力鍋で炊くともちもちしたごはんになるけど、この鍋ではお米の粒が立つような炊き上がりになりますよ」
 銅製の卵焼き器も2人が愛用する道具の一つ。ふんわり黄金色のおいしい卵焼きができる上、一人前の餃子やソーセージをちょっと焼くにも都合が良い。毎日使い込んで油がなれるほど使いやすくなるし、木の柄が古くなったらお店で取り換えてもらえる。コーティング加工のフライパンと違って「これは一生もの」と妹の綾さん。昔の道具は使い込むほど「育って」いく半面、しまい込むとたちまちダメになるのだという。
 長年お店を切り盛りしてきた姉の真理さんは、台所道具を研究するために料理を学んだり、職人のもとに出向いて特注品を企画したりしてきた、確かな審美眼の持ち主だ。お店には真理さんたちが選び抜いた、理にかなった実用品ばかりが並ぶ。静岡の指物職人が手がけた鰹節削り器や、刃の向きが一つ一つ違うおろし金。食器洗いのスポンジやたわしでさえ、一度使うとやめられなくなる逸品ぞろい。それらは道具というより相棒だ。一点ずつに成り立ちの物語があって、それを聞きにお店に行くだけでも楽しい。
 買われていく道具に、綾さんが「大事にしてもらってね」と小さく声を掛けていた。調理器具が100円ショップでも買える今だから、その愛情が温かい。

 

取材・撮影協力 / CORNERSHOP TEL.054-253-5571 SUGIZEN金物店 TEL.054-253-5627

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