特集 | 2019.10月号

アステン特集

映画館のある町で

暗闇の中、知らない誰かと2時間ちょっと、同じ空間を分け合って笑ったり泣いたり、心を揺らしたり。映画が終わって、いつもの風景に戻れば今度はスクリーンのこちら側で私たち一人一人の、ささやかだけど大切なストーリーが始まる。映画館のある町は、降っても晴れても、幸せだ。

1:「映画とビール」が、人と人、日常と非日常をフワリとつなぐ

 映画好きの友人同士が、食べて飲んで、さっき観た映画について語り合う。昼下がりのカフェや夕暮れ時の居酒屋で。映画館のある町の片隅には、こんなシーンがきっと当たり前のように存在している。「シネマ&ビア」も、そんな映画好きたちの集まりだ。メーリングリストでつながった10人ほどの仲間が不定期に集まって、上映中の映画から選んだ一本をサカナに食事とビールを楽しむ。
 「映画が好きで、ビールが好き。参加の条件はこれだけです。職業も映画の好みもバラバラ。だから楽しいんです。年に一度、それぞれの年間ベスト10を持ち寄り、発表する日は大いに盛り上がります」と、10年前の発足以来、メンバーに名を連ねている佐久間美紀子さん。元・静岡市立図書館の司書。現在も「静岡図書館友の会」運営委員として、図書館を支える活動を続けている。
 「いつも本に囲まれているからでしょうか、映画を観る時は言葉の世界を離れて、スクリーンの映像を楽しみます。今、自分がいる日常から、遠いところを描いた映画が好きですね。たとえばグルジア映画とか、面白いですよ」
 週に一度は映画館に行き、観た映画は必ずチラシを残しておく。取材時には静岡有楽座(2011年に閉館)が1970年代に発行していたシネガイドや名画座の案内など、七間町シネマ通りの面影を伝える貴重な資料を持参してくれた。
 「洋画専門の映画館、ミラノの軒下には当時、ヒメアマツバメの巣がたくさんあったんですよ。数十もの巣が重なり合っている景色は、ほんとうに壮観でした」
 街の風景は、映画という異空間と日常をつなぐ舞台装置。今でも佐久間さんの記憶の中には、その頃に観た名作の数々と一緒に、七間町の空を飛び交うツバメたちの姿が鮮やかに刻まれている。

2:スクリーンは「世界を開く窓」、映画館は「新しい自分に出会う場所」

 静岡シネ・ギャラリーは、サールナートホール(葵区御幸町)の3階にある静岡市唯一のミニシアター。お寺(宝泰寺)の住職が館長を務める映画館としても、親しまれている。
 2003年の暮れ、当時まだ東京の美大生だった副支配人の川口澄生さんは、帰省時、駐車場ビルの屋上からシネ・ギャラリーの丸窓の向こうに、上映中の『トーク・トゥ・ハー』のポスターを見かけた。東京で観て、感動した映画だった。
 「静岡にも常設のミニシアターができたんだと、次の日、友人を誘って観に行きました。自分の好きな映画を、他の人も好きになってくれたらうれしい。その思いは、今も変わらないですね」
 上映する映画の選定は、川口さんの大切な仕事。年間およそ300本の映画を観る。
 「製作者がちゃんと鑑賞者の方を向いて、これを届けたいという強い思いで作られた映画には、熱意や力を感じます。僕たちも同様に、この映画を静岡のお客さんに届けたいという作品を丁寧に選んでいます」
 年に一度、募集されるシネ・ギャラリーの会員は約4500人。川口さんはいつも、「ここは私たちが支える映画館」という、会員たちのプライドにも似た思いを肌で感じるという。時にはそれがプログラムに反映されることも。10月26日(土)から上映予定の『新聞記者』もその一つ。事情により全国公開のタイミングは逸したが、「この映画をシネ・ギャラリーで観たい」という多数の声が上映を実現させた。
 映画館での体験は鑑賞者にとって、「毎回がライブではないか」と川口さんは言う。
 「映画が終わり、客席が明るくなって、でも現実に戻るまでもう少し時間が欲しいのかロビーに滞在する人。他の人が泣いている場面で、なぜ自分は泣けないんだろうと気付く人。映画は世界に向けた窓のようで、実は自分に出会う場所なのではないか、と僕は思っています」
 多様な人々を描いた映画を観て、実際に自分を含めた人間の多様性に触れる。それが映画館なのかもしれない。

3:映画が好きだから「映画館」をつくった

 JR清水駅近く。駅前銀座商店街の入り口にある酒店脇の、細い階段を上がったところに19人で満席の超ミニシアター「夢町座」がある。座長は上田紘司さん。元テレビ局勤務。長年、清水映画祭の実行委員長も務め、映像との関わりは深い。「洋画から時代劇まで、子どもの頃から一人で映画を観に行っていました」と上田さん。幼い頃から清水駅前が遊び場だった。
 夢町座を始めた理由を尋ねると「ただ映画が好きだから。大それた理由なんてありませんよ」とさらり。
 毎月1本、8日間の上映。上田さんは、月に一度3泊4日で東京へ。都内の映画館をはしごして候補作を観まくり、上映作品を厳選する。次回作は、第一次大戦下のフランスが舞台の『田園の守り人たち』(10月26日~)。配給会社との交渉から、チラシやポスターの制作、受付、映写まで一人でこなす。忙しさは想像に難くない。3年たっても赤字なら止めようと思っていたが、今年で6年目。やっと雲間に光が見えてきた。
 「興行成績? 時々晴れ、時々曇りです」。続けているのは、そこに映画があるから。
 「子供の頃から、映画という得体の知れない"怪物"にまとわりつかれてしまって。映画との付き合いはきっと一生続くでしょう」

4:100年前も、100年先も。「一緒に楽しもう、この街で」

 静岡の映画文化は、静活株式会社を抜きには語れない。1919(大正8)年にキネマ館を開業。七間町の交差点を挟んで、静岡オリオン座、有楽座、ミラノなど数々の映画館を運営した映画街の生みの親として、現在は新静岡セノバのシネシティ ザートを拠点に、応援・重低音体感上映など、新しい映画の楽しみ方のプレゼンテーターとして、映画を愛する人と地域を支えてきた。その静活が、創立100周年を迎えた今年、再び七間町を舞台に、体験型ホログラムシアターなどを併設した次世代エンターテイメント施設の開発プラン、Project_Orion(プロジェクト・オリオン)を進めている。
 「ただ施設を造るのでなく、通りや街という単位での開発をしたいと考えています。七間町とその周辺は、映画館や劇場、ライブハウスなど、人が集まるハコのDNAが脈々と息づいているエリア。それを次の100年に継承してゆくのが課題です。『静岡、遊ぶトコないよね』という不満を、興行会社という立場で解決していきたいですね」と、社長室長の江﨑亮介さん。
 100周年を記念した企画は、シネシティ ザートでも。10月には活動弁士と楽団を招き、毎回が一期一会のライブだった往年の無声映画の上映会を現代に蘇らせる。
 「お客さんからの声はいつも励みになります。音響の工夫もロビーの装飾も、SNSで良い反応が返ってくると、次はもっといい企画にしようと、忙しくても頑張ってしまうんですよ」と、営業管理部 課長の小山幸春さんは笑う。
 「静活の活はLive(ライブ)という意味もあるんです。100年前に活動写真でお客さんに喜んでもらったときと同じように、100年後の今も、ワクワクするような新しい企画を考えています」(江﨑室長)
 一緒に楽しみたい。楽しませたい。映画館のある町には、そんなシンプルで優しい思いが充ちている。

取材・撮影協力 /静岡シネ・ギャラリー 静活株式会社(シネシティ ザート) 夢町座

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