asten PEOPLE | 2016.2月号

asten PEOPLE

三遊亭橘也

落語家

両国寄席などで活躍する橘也さんは沼津市出身。笑いを交えつつのインタビュー。言葉の端々に落語への熱意がうかがえ、一層の飛躍を予感させる。

"落語に出合って人生が始まった。落語に拾ってもらったんです、僕は。"

Q.落語の道に入られたきっかけは何だったのでしょうか。

大学受験が終わったら目標がなくなって、そこから初めて自分の人生を自分で考え始めました。音楽で表現することをなりわいにできないかと思っていて、卒業後もその道を目指していたんですが、何もできず、24歳で沼津に戻りました。ほかに何か表現する方法があるのでは...と思いつつ、ほとんどニートみたいな生活。当時、三つ下の弟が大学4年で、卒業論文の題材が落語だったんです。なんとなく気になって図書館でCDを聞いてみたら、びっくりするほど面白かった。六代目三遊亭圓生師匠の「牡丹燈籠」。怖いなんてもんじゃない。幽霊が出てきて...というんでなくて、下男と女房のやりとり―その会話が生々しくて。「落語すごいな」「会話だけでこんな表現ができるの?」と衝撃的で、「落語家になりたい」と思ったんです。

Q.師匠である三遊亭圓橘さんとの出会いは。

六代目圓生師匠が得意としていたけど今ではあまり演じられなくなったネタを、うちの師匠がライフワークにしている、とネットで知って寄席に聞きに行きました。「雁風呂」っていう地味なネタでした。これまた地味な茶色い着物で高座に上がってきた時、「あ、絶対この人だ!」と直感的に思いました。事務所に手紙を出しましたら、すぐに「やめろ」という返事が。でも封筒の裏に家の住所が書いてあったんですね。自宅に便箋8枚にもなる気持ち悪い手紙を出しました。今度は無視されたんで、直接押しかけました。すごい怒られまして。「アポもなしに!」って。断られ続けたんですが、後に兄弟子になる人が、師匠の独演会に毎月通うよう教えてくれたんです。何度も通って、ようやく見習いになることが許されました。

Q.沼津には今も帰られるのでしょうか。

毎年3月と9月に独演会をやらせていただいてます。初めての秋の独演会には師匠にゲストとして出てもらいました。師匠、あの時の着物で「雁風呂」をやりましてね。僕が手紙に書いたのを覚えてるんです。ズルいですよね。絶対泣いてやるものかと思いました。沼津に帰った時は母方の祖父の墓参りをします。祖父は落語が好きで、落語家になったのを喜んでくれたんです。前座で修業中に亡くなったので、落語を聞かせてあげられなかった心残りもあって。沼津からの帰りには三島駅で桃中軒の鯛めしを買いますね。子供のころから大好きなんです。

Q. SBSテレビで放送されている「エネばな」(毎週水曜10:46~)にも出演されています。落語の登場人物はそのままに、いつの間にかエネルギーの話になり、「話芸ってすごいな」と思わされました。

これは私の落語家としての意地ですね。たとえば、上下(かみ・しも)の目線の角度だとか、演じ分けだとか、落語の様式美をそらさないよう相当気を使っています。一番大変なのは尺合わせ。1本が2分45秒ですが、許される誤差は5秒くらい。大体、大事なエネルギーの話のところで間違えちゃいけないと思うと早口になり、家でぴったりだったのが2分35秒くらいになっちゃう。でも慣れてきたんですかね。最初は4本収録するのに3時間近くかかりましたが、今回は1時間半で終わりました! 数字や専門用語は不思議と覚えられるもんです。はっつぁん、くまさん、ご隠居さんがしゃべる言葉として頭や腹に入ってくるんですね。外国語の歌を覚えるのと似てるのかな。台本は放送作家の石田章洋先生という方が書いていまして、この方、元落語家さんなんです。本も書けるし、落語にも深い知識があるわけです。

Q.今年の抱負をお聞かせください。

実は2017年4月、真打昇進が決まりました。「落語に出合うまでの自分は生きていたのかどうか」とすら思うほど、人生を与えてくれたのがこの道。今年は、いい真打になるための地固めをしなければと思っています。

PROFILE

1978年10月8日、沼津市生まれ。五代目円楽一門会所属。2001年、筑波大学第一学群自然学類卒業。専攻は人文地理学。05年1月、六代目三遊亭圓橘に入門。08年、二ツ目昇進。「第12回三遊亭橘也・春の寄席」は3/20(日)14:00~、沼津市立図書館4Fホールで。1,000円。問い合わせは三遊亭橘也ぬまづ後援会事務局055-964-5105へ。