asten PEOPLE | 2017.7月号

asten PEOPLE

反田恭平

ピアニスト

この4月、静岡市での初演奏会(静岡新聞社・静岡放送主催)を行った反田恭平さん。プログラムはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。「天才」と冠されることも少なくない22歳のピアニストの指から弾けた音の粒は、オーケストラの森で生き生きと輝き、清水文化会館マリナートの満員の客席を魅了。静岡でも多くのファンをとりこにした反田さんを、演奏直後の楽屋に訪ねた。

"『才能は君のためでなく、世の中のためにあるんだよ』その言葉で僕は変わりました"

Q.今回は佐渡裕さん指揮の東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団との共演でしたが、オーケストラと演奏する魅力は?

コンチェルトはピアノの醍醐味(だいごみ)です。特にロシア作品は、ファンファーレのようにパパパーっと華やかにオーケストラが鳴る、そんな印象なので普通に弾くと負けてしまうんです。だからオーケストラ(の音)がピアニシモで小さくなった時に、裏をかいて僕が出したり、逆にフォルテシモで鳴っている時は、きちんと音を出しつつ力を抑えたり。これはもうオーケストラとの駆け引きですね。

Q.演奏中、タクトを振る佐渡さんと交わすアイコンタクトが印象的でした

目で分かるんです。次はこう来るなとか、ここはもうちょい待って、とか。「行くぞ!」ってのはお互い目でやり合うんで。佐渡さんは、人間味があって優しくて大らか。一緒に演奏していても感動しますし、指揮者として尊敬します。実は僕、今回の共演より前に、この東京シティ・フィルで佐渡さん指導のもと指揮者デビューしてるんです。中1の時、テレビ番組「題名のない音楽会」の「振ってみまSHOW!」というコーナーに応募して、当時はやっていた「のだめカンタービレ」でおなじみのベートーヴェン7番のシンフォニーを振りました。

Q.眼鏡がお似合いですが何かこだわりが?

いえ単純に目が悪いんです。先端恐怖症なんですよ。ベッドで寝ていて、枕の角が視界に入っただけでも怖い(笑)。だからコンタクトも無理。だったら眼鏡を飛ばしちゃった方がいい。ロシアのマリインスキー劇場でデビューした時、いつも使っている眼鏡留めをホテルに忘れちゃいまして。もう落ちる覚悟で、弾きながらこう、ふうっと(頭を振って)やったら、案の定、飛ばしてしまいました。

Q.静岡県での思い出はありますか?

ロシア留学時代のある日、寮の廊下を歩いていると背中に富士山の絵と「旅に出るので探さないでください」と文字が入ったTシャツを着た、普段あまり見掛けない年齢不詳の日本人が。彼は留学したばかりのバストロンボーン奏者で、手続きのことなど、ロシア生活では先輩の僕に聞きたかったらしくて。それ以来、本名より先に初対面のTシャツのインパクトで「富士山」とあだ名で呼ぶことになりました。その彼が静岡県出身で、帰国した今でも大親友です。それと小学6年生の頃、ヤマハのピアノを買う時に家族で工場まで見学に行きました。リヒテルが弾いたピアノを弾かせてもらって、うな重を食べて。子どもの頃のいい思い出になっています。

Q.今後の抱負をお聞かせください。

9月からまた留学をする予定なので、そこで友達をつくり、切磋琢磨(せっさたくま)してたくさんの刺激を受けたい。自分の中での最終目標は、学校、コンセルヴァトワールを建てることなんです。良い仲間ができたら、将来、僕が作る学校に(指導者として)来てほしい。高校時代、とある先生に言われたんです。「君にもし才能があるとしたら、その才能を誰に使うんだい? 才能は君のためにあるんじゃない、世の中のためにあるんだよ」と。その言葉で僕の価値観は大きく変わりました。一人でも聴きたいと言ってくれる人がいる限り表現を続けたいし、20代の僕らの世代が音楽界そのものについても考えていきたい。人生は短いから、やりたいことだらけです。

PROFILE

1994年9月1日、札幌市生まれ。2012年、高校在学中に日本音楽コンクール1位入賞。14年、チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に主席入学。昨年アルバム「ラフマニノフ」が第9回CDショップ大賞のクラシック賞を獲得。サントリーホールでのデビューリサイタル以来、チケットは発売後すぐに完売してしまうことが多く、人気、実力を兼ね備えた若手ピアニストとして注目されている。17年、出光音楽賞受賞。