asten PEOPLE | 2018.7月号

asten PEOPLE

田中道子

女優

モデルから女優に転身し、大河ドラマなど話題作への出演が続く田中道子さん。バラエティー番組での多才ぶりも注目を集めている。浜松市出身で、大学在学中に選ばれたミス浜松グランプリが今へつながる最初の一歩だったとか。静岡県が生んだ9頭身美女の横顔に迫る!

"自己管理をし、責任を果たすこと、ミス浜松が大人の女性への第一歩でした。"

Q.どのような子ども時代でしたか?

教師である父と、週末は必ず図書館に行っていました。ファンタジー小説や推理小説が好きな、どちらかというと内向的な子でした。スポーツもしましたし、ピアノもずっと続けていましたが、積極的にコミュニケーションを取る方ではありませんでした。

Q.中学・高校時代はいかがでしたか?

中学でテニス部に、高校ではマーチングバンドに入りました。このころからようやく人前で話すのが楽しくなってきて部のリーダーに。みんなで一生懸命練習して、全国大会に行けたんです。涙あり笑いあり、本当に青春漫画のような高校時代でした。

Q.ミス浜松コンテスト出場のきっかけは?

友達が「道子これ受けなよ」と新聞を持ってきてくれました。その時は「嫌だよ~」と答えたのですが、ミス浜松の副賞が車なのを知って「出てみよう」と(笑)。今思えば失礼な動機です。のちにミス・ユニバースも同じ友達が勧めてくれたんです。

Q.ミス・ユニバースに挑戦したのはミス浜松で良い経験ができたから?

ミス浜松が複数選ばれるのは、それだけ活動が多いからですが、私のほかは社会人の方だったので、一人で取り組むことが多かったんです。他の3人を「私が行けばよかった」という気持ちにさせないようにグランプリとして恥ずかしくない活動をしなくては、と生まれて初めて責任というものに直面しました。自己管理も必要でした。ミス浜松の経験で、「女の子」から「自立した女性」へ一歩近付けたな、と思えたんです。

Q.忙しい中で大学を卒業し、二級建築士の免許も取られたそうですね。

ミス・ユニバースへの挑戦は大学3年の時でした。グランプリが取れたら芸能界に、と思っていたのですが、結果は3位。あきらめきれない思いがあってすぐに就職はせずにいました。大学卒業で受験資格が得られたので建築士の免許は取っておこう、とそのための学校に入り直し資格を取得しました。

Q.芸能界入りは急展開でしたね。

就職活動のためリクルートスーツで東京に行った時、表参道で事務所の方に会うことができて、「その年齢でこの世界に入りたいなら迷っている暇はない。来週からレッスンを始める気があるなら所属していいよ」と言われました。父は全く認めてくれなかったので、両親と縁を切るくらいの勢いで家を飛び出し東京に来たんです。お金もなくてタイ人の女の子とルームシェアして...。でも「続けていれば道は開ける」と心は明るかったですね。女優になるためのレッスンを受けながらモデルの仕事をしていました。

Q.女優デビュー後に刺激を受けた共演者はいますか?

生瀬(勝久)さんは待ち時間に付きっきりで指導してくださいましたね。「俺と一緒で目がデカいんだから目の演技を大事にしろ。瞬き一つにも意味を持たせろ」と愛ある厳しさで教えてくださいました。26歳にして新人だったので皆さんに気にかけていただきました。

Q.美しい姿勢を保つ秘けつは?

腹筋と背筋が大切だと思います。運動のために1、2時間作るのって大変ですよね。だから、ドライヤーで髪を乾かしながらスクワット、料理をしながらつま先立ち...と日常にプラスアルファをちょっとずつ増やしています。

Q.今後の目標を教えてください。

一番に志望していたのがアクション女優。そのためのレッスンを続けていて、今年から外国語にも力を入れています。国内外問わずオーディションを受け、アクション映画に出演したいです!

PROFILE

1989年8月24日、浜松市生まれ。オスカープロモーション所属。静岡文化芸術大在学中の2009年、ミス浜松グランプリ。11年、ミス・ユニバース・ジャパン3位。13年、ミス・ワールド日本代表。浜松市やらまいか大使。